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異端の建築再読

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異端の建築再読
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既成概念にとらわれないで自由に発想した建築空間イメージを紹介しています.
他から与えられた枠内に閉じこもる安堵感と引き換えに大切な何かを手放していることの多い時勢へのささやかな抵抗のつもりです.

ホームページにもお立ち寄りください.
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■住まい造りのワンポイント・アドバイス
■二級建築士受験のワンポイント・アドバイス
■変人の回想ブログ
も不定期に掲載しています.
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暮らし/日常-35 お線香の香りは好き?...嫌い?

2017/12/10 10:55
変人の暮らしと、少々毒のある雑観です.
□□□□□
私は、お線香の静かな印象のある香りが好きです。
しかし女房は、どんなお線香も大嫌いです。
ですから、毎朝夕に仏壇に焼香する私と、女房はよく衝突します。

仏壇は私の部屋に置いていて、女房が留守の時にお線香をあげます。
しかし彼女は、機嫌が悪いと、お線香の残り香に敏感に反応します。

最近、たまには香りを変えようと、いつもと違うお線香を焚いたら、
それが微香性でなかったために、女房は爆発しました。

物凄い形相で私を睨み、自室に閉じこもってしまいました。
おそらく、この数週間は、私を避けるようになり、極端に少ない必要
最小限の言葉でもインギンな調子になります。

女房は、生家の父親や親戚の仏様には、普通にお線香をあげます。
しかし、その時だけ、息を詰めて我慢している風には見えません。
それに、年に2回は墓参して、焼香する私の近くにいますから、私の
仏様や親を嫌っている風でもなさそうです。

訊けば「大嫌いなものは大嫌い」と答えるだけです。
なぜ、拙宅のお線香を極端に嫌うのか、今でもよく解りません。

画像
(左) いつも使っていた
微香性のお線香.
(右) 香りを変えようと
思って購入したお線香
ですが、これが香りの
強いお線香でした.

お線香は、古代インド(漠然とBC.6c[古代国家形成]〜AD.6c[グプタ
朝])で発祥し、16c後半、その製法が中国に伝わったそうです。
日本には、14c頃(室町時代)に伝播し、17c後半頃に国内生産され、
一般に広まっていったようです。

お線香には、白檀や伽羅などの香料を練りこんで、アロマテラピーと
医療を目的として製造されました。
安価なお線香には、杉の葉の粉末が使われています。

私が使うお線香は、高価ではありませんが、女房に気を使って、煙が
少なく、微香性のものを選んでいます。

たまに間違えて、普通の線香をあげた時に、女房は爆発するのです。
私は鈍感ですから、少し時間が過ぎてから気が付き、慌てて消します
が、もう遅いのです。
残り香が私の部屋に染み付いて、それが家中に漏れ出るのです。

画像
(註1)
上野の国立科学博物館に
展示してある「線香時計」
です.
新吉原(浅草寺の裏辺り)で
使用されていたそうです.

なぜ、女房が拙宅のお線香を嫌うのか、理由は解りません。
ですから最近は、前世に理由を求めるようになりました。

お線香は、長さが数種あり、燃焼時間も様々です。
一般家庭で使われるお線香は、長さが14cm、約25分で燃焼します。
その燃焼時間は、庶民が時計を持てない昔は、時計代りに利用されて
いたそうです。

江戸時代では、芸者や遊女の料金を、お線香を焚いて時間を計って、
その本数で勘定していたようです。
一本で料金が幾ら...ですから、若旦那は「今日は三本でお願いします」
などと言っていたそうです。

ちなみに、「一本立ち」という言葉は、芸者がお線香一本分の時間は
客を飽きさせない、つまり「一人前になった」という意味です。

画像
(註2)
遊郭の主人が終了時刻を
知らせに来た場面なので
しょうか...
「もう若旦那っ...時間で
すよっ」と言っているの
かも知れません.

また、遊女が嫌いな客を迎えた時は、こっそりとお線香を折り、少し
短くして、時間短縮を図っていたそうです。

もしかすると、女房と私は、前世で、遊女と若旦那として、どこかで
会っていたのかも知れません。
そして、私がイヤーな客だから、遊女(女房)は「お線香は、いっその
こと、無ければいいのに...」と思ったのかも知れません。

そう思えば、女房が、私の炊くお線香が大嫌いなことが、納得できる
ような気がします。
私の前世がイヤーな若旦那でもいいですから、そう思うようにして、
少々気を楽にしています。

171210
□□□□□
以下のサイトの画像を加工しています.
(註1)「rino-diary」
 http://rokada.exblog.jp/17783488/
(註2)「ユカリノ」
 https://yukarino.jp/articles/1333925

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雑観/TV番組-11 外国の街を走る車のCM

2017/12/01 09:47
変人の暮らしと、少々毒のある雑観です.
□□□□□
街の中を走る日本車のCMは、海外のロケ地が多いように思います。
最近は国内ロケも増えているようですが、新車のCMは、まだ海外の
ロケ地の映像が多いように思います。

画像画像
(註01) リスボンの坂道を走る日本車です. 坂道の走行性の良さを
 アピールしているようです.
(註02) 伝統的景観、狭い道路、舞妓さんに優しい車のようです.


私は、日本車を日本人向けに宣伝するのであれば、日本の街や自然の
中を走る姿を見せる方が、印象が良いような気がします。
ただし、京都、舞妓さん、富士山などの常套的な場面を使う場合は、
陳腐にならないようなセンスが特に必要だと思います。

画像画像
(註03) 外国の車よりも、デザインや機動性が優れているから、外国の
 男性が乗っているのだ、と言っているようです.
(註04) 外国人コンプレックスではないとは思いますが...


それはともかく、日本車のCMでは、何故、外国の街を走り、髭面の
外国人男性がニタニタ笑いながら運転する場面が多いのでしょうか。
私は以前から密かに疑問を持っていました。

頭髪だけを外国人風に色を塗る、老人には気色の悪いお洒落が今だに
流行っています。
その風潮があるということは、外国の街や人にむやみに憧れる日本人
特有の劣等感意識が潜在しているのかも知れません。

外国人に憧れる意識を刺激すると、一般視聴者は、車の性能の高さを
想像し、購買意欲を掻き立てられると、CM製作者は考えているので
しょうか。
私は、そうした自虐風なイメージは、寂しい気がします。

画像
(註05)
さりげなく外国の街を
見せて、ずっと以前に
1人旅行した時の高揚
した気分を思い出させ
るCMもあります.

しかし最近は、「外国人コンプレックス」の印象の強いCMよりも、
紙一重の差ですが、「トキメキ感」を演出した品の良いCMも増えて
きたような気がします。

そんなCMには、外国の知らない街を歩く時の、少し不安の混じった
高揚した情感が感じられるのです。

画像

(註06)
夢の中のような非日常的な
空間を走るCMを見ると、
気分は高揚します.

もし、逆に、日頃見慣れた日本の身近な風景や人々を登場させると、
車の購買予定者は、高揚感よりも、日常生活の感覚を意識して、車を
冷静に観察するかも知れません。
そうなると倹約意識が強くなって、購買意欲は減退すると思います。

そうであれば、国内ロケ地でCMを収録する場合は、視聴者の意識を
日常の空間から分離しなければならないでしょう。
ですから、山や海などの、街から離れた場所での、非日常的な体験を
イメージさせる場面の撮影が多いように思います。

画像
(註07)
自動ブレーキは便利ですが、
誤作動して追突される事故も
発生しているようです.

また最近は、「憧れ感」や「トキメキ感」を演出するよりも、「アイ
サイト」や「ツーリングアシスト」などの、技術の紹介に重点を置く
CMが多区なったような気がします。

それなら、CMのロケ地を海外に求める必要はなく、むしろ、渋滞が
頻発しやすく、歩行者の多い日本の街の方が、技術の紹介には都合が
良いと思います。

画像画像
(左右/註08) ロケ地は、コペル市(スロベニア)のティト広場です.
 青い服のダンサーたちが凝集して車に変貌していきます.


TVで日本車のCMを見る場合、私は、CMの表現イメージを3種類に
分けて楽しんでいます。

・海外のロケ地...陳腐な「憧れ感」を持たせている.
・海外のロケ地...「トキメキ感」をイメージさせている.
・日本のロケ地...「セーフティドライブ」の技術を紹介している.

画像画像
(註09) 声高に叫ばないCMは、気持ちが和み、好感が持てます.
(註10) 思春期の娘の成長を見守る親父の優しい愛情と車のCMです.


私は車は買えませんから、車のCMにはほぼ無関心です。
しかし、幻想的なイメージを喚起させたり、物語り性のあるCMや、
自分の昔の一場面を想起させるCMは、思わず見入ってしまいます。

味のある洗練されたCMは、単なるCMを超えた、深い余韻の残る短編
映画と同じだと思います。
しかし、見応えの強いCMばかりだと、疲れてしまいます。
玉石混淆の方が、強弱のリズムがあって、いいのかも知れません。

171201
□□□□□
以下の画像を加工しています.
(註01)「YouTube」
 https://www.youtube.com/watch?v=_CL-njR2Lis
(註02)「youtube」
 https://www.youtube.com/watch?v=1-4GmHAyHSY
(註03)「Pinterest」
 https://in.pinterest.com/pin/336221928406319494/
(註04)「NVVERまとめ」
 https://matome.naver.jp/odai/2140713391766314501
(註05)「CM WOW!」
 http://cmwow.blog104.fc2.com/blog-date-200712.html
(註06)「道の風景」
 http://www.threetroy.com/michi/misakiline.html
(註07)「GAZOO」
 http://gazoo.com/article/future/161206.html
(註08)「MOTOR CARS」
 http://motorcars.jp/lexus-releases-the-new-ct-debut-cm-lexus-ct-pantomime-20170828
(註09)「pinky」
 https://pinky-media.jp/I0022207
(註10)「pouch」
 http://youpouch.com/2015/07/10/282317/



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暮らし/日常-34 オレはミンナから感謝されとる

2017/11/22 14:04
オレガ夫婦のイヤガラセに関する、ある助言による記録ブログです.
不快に感じられた方にはお詫びします.
□□□□□
拙宅の南東側二軒隣のお宅は、しばらく空家でしたが、半年ほど前、
ある母子と老犬が越してきました。
2人とも働いていて、日中は大きな白い老犬が留守番していました。

彼らは近所付き合いは積極的ではありませんでしたが、いつも笑顔で
きちんと挨拶されていました。

「オレガ」は、近所に越してきたお宅があると必ず、奥様に「自分は
この地域の顔役だから、何でも相談しなさい」と言いに行きます。
理由は知りませんが、三、四年前から「地域の顔役」を自認し始め、
数人の隣人を子分のように扱うようになったのです。

画像

(註1)
引越しするお宅があると、
オレガは気になって仕方が
ないようです.
よく様子を見に行きます.

今回も「オレガ」は、越してきたお宅の奥様に「顔役」を売り込みに
行きましたが、軽くあしらわれたようでした。
奥様は、子分にならず、自分の生き方を大切にしているようでした。

私は、この近隣にやっと現れた「大人」を歓迎しました。
会釈を交わす程度のお付き合いでしたが、それも束の間、夏の終りに
ひっそりと越して行きました。
また空家になった家は、静かに寂しく佇んでいました。

画像
(註2)
道端の草ムシリのついでに
空家の前庭の雑草も整理し
ているような風体で、家の
様子を伺っていました.

その翌日、拙宅の前庭でミニトマトの葉を剪定していた時です。
フッと空家の方に目をやると、不審者が前庭の草木に隠れて、何やら
ゴソゴソと空家を物色するように動く姿が見えました。

回覧板で「空家泥棒に注意!」の記事を見たばかりです。
この時は通行者がいなくて、辺りは私だけしかいませんでした。
私は空家泥棒だと思い、駅前の交番に通報するためにケイタイを握り
ましたが、番号入力を中断しました。

私は近眼だし、その頃も後発性白内障を患っていましたから、何かの
見間違いかも知れないと思ったのです。
もしかしたら、越した方が忘れ物を取りに戻ったのかも知れません。
そこで、様子を確認しに行ったのです。

画像
(註3)
近所の人に見られた時は、
「雑草を整理してあげて
いる」という口実を用意
していて、感謝の言葉を
要求します.

近づいて見ると、庭木に隠れていた不審者は「オレガ」でした。
「オレガ」は、私を見るとバツの悪そうな顔してしゃがみ、「空家の
庭の雑草を取っているのだ」と言いました。

彼は以前にも、「許可をもらった」と言って、空家の中の生活道具や
植木を持ち去っていたことがありました。
かなり持ち去った後、近隣の奧さんたちに「持ち帰っていいらしい」
と言って、いくつかの物品を取って行かせました。
本当に持ち帰りの許可を得たかどうかは、確認できませんでした。

空家の物品を持ち去りは、前居住者や親族、弁護士や司法書士の立ち
会いの元で行う方が良いと思います。
不審に思われないためにも、他家の遺産等の所有権を移動するには、
それほどの慎重さが必要だと思います。

その行為は近所の多くの人を巻き込んでいたので、私は異議を出さず
黙って見ていました。
いつものように、「オレガ」夫婦は、「ミンナでやった、地域住民で
やったんだ」という形を作って、正当化していたのです。

「オレガ」夫婦とその子分のような奧さんたちが、飴に群がるアリの
ように、家の中を物色して廻る様子は、気味悪く見えました。
中には、手押し車に山のように積んで持ち帰る子分もいました。

画像


(註4)
オレガの仕草は、空家
泥棒と変わりないよう
に見えました.

今回も、「オレガ」は空家を物色していたのかも知れません。
しかし、「敷地内に入る許可を貰ったのか」と訊くと、引越し間際に
前居住者から「草ムシリをお願いします」と言われたと答えました。

3度同じ質問をしましたが、全く同じ返事でした。
どうしても「許可を得た」という言葉を使いたくないようでした。

そして「オレはミンナから感謝されとる...」と言いだしました。
だから、自分は他人の敷地に入って草ムシリするのは許されるのだと
主張しているのでした。

画像

 (註5)
 背を向けて「オレが...
 オレが...」と自慢話を
 長時間喋り続けられる
 と、先を急ぎたい人は
 「ご苦労様でした」と
 言わざるを得なくなり
 ます.

誰もが行う日常の小さな善行を声高に自慢する人はいないのですが、
「オレガ」は「オレがやった...オレが、オレが...」と、急ぐ人の足を
止めて大声で自慢し、感謝の言葉を聞くまで言い続けます。
「陰徳を積む」の真逆の行いです。

最近は、人に背を向けて、しゃがんで草をむしったり小石を拾ったり
しながら、背中越しに言う演技を身につけたようです。
先を急ぐ人は「ありがとうございました」と言わなければ、その場を
離れることが出来なくなるようです。

おねだりして感謝の言葉をもらった「オレガ」は、それを子分たちに
吹聴し、そして子分たちはチヤホヤと褒め称えます。
これが「オレガ」の言う「ミンナから感謝されとる」の内情です。

私は、拙宅前の道路で演じる、こうした喜劇は、よく見てきたので、
「感謝されとる」と聞いた時は、思わず吹き出してしまいました。

画像
(註6)
「オレは感謝されとる」と
自慢したいために、感謝の
言葉を要求する、自慢話の
小芝居は、子分以外の人は
迷惑しています.

滑稽な言葉を聞いて私は気力をなくし、「ミンナから感謝されても、
無断で他家の敷地に入るのはよくないよ」と諭し、幕を引きました。

「オレガ」は周りを見渡して、おとなしくなって自宅に戻りました。
誰もいなかったので、私の苦情を受ける場面を目撃されず、「地域の
顔役」のプライドに傷が付かないと思ったのでしょう。

後日、越して行った奥様と会った時、「オレガ」に敷地に入る許可を
与えたのかを訊きました。
思った通り、「許可」も「草むしりのお願い」もありませんでした。
いつものように「オレガ」は嘘を言っていたのでした。

画像
(註7)
「またアイツにやられた」と
オレガは女房に言いつけます.
そしてオレガ女房は「仕返し
しなくっちゃ...」とデマ流し
に近所を廻ります.

自宅に戻った「オレガ」は、当然、事態を歪曲して「オレガ」女房に
伝えたはずです。
ですから、またいつものように「オレガ」女房は「とりあえず仕返し
しなくっちゃ...」と行動するはずです。

早速、「オレガ」女房は近所を廻って「ウチの亭主は草むしりが好き
でね...」と「ありがとう」の言葉をオネダリしていました。
「とりあえず仕返ししなくっちゃ...」の下地作りです。

今度は、どんなデマを流布して私を孤立させるのか、どの子分が協働
するのか...などは、どうでもよい瑣末なことです。
しかし、観察していると、人生の参考になることが多々あります。

「オレガ」は、50歳前に会社を解雇され、以降は職に就かなかったの
で、エネルギーが有り余っているのかも知れません。
「オレガ」女房は、「私ゃ中卒だから...」と不要なコンプレックスを
癒すために、共通の敵を作って口撃する機会を探しています。

「オレガ」夫婦は、今は、私をイヤガラセの対象にしているのです。
近隣には彼らの子分が多くて、私以外に邪魔者がいないからです。
子分になって気楽で安全に生きるよりも、自分の生き方を毅然として貫こうと努める人が、この空家に越してくることを願っています。

171122
□□□□□
以下のサイトの画像を加工しています.
(註1)「Google Earth」
(註2)「Google ストリートビュー」
(註3)「生活110番」
 https://www.seikatsu110.jp/window/wd_prevention/8504/
(註4)「セコム/家庭の防犯対策」
 https://www.secom.co.jp/homesecurity/bouhan/c/bouhan021.html
(註5)「ベル&ムー」
 http://blog.goo.ne.jp/bellemou
  「リクナビNEXTジャーナル」
 https://next.rikunabi.com/journal/entry/20150324
(註6)「カナダ☆シロップ」
 https://ameblo.jp/milestonecanada-toronto/entry-12305672343.html
(註7)「Google ストリートビュー」




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雑観/世相-15 てるてる坊主

2017/11/10 12:47
変人の暮らしと、少々毒のある雑観です.
□□□□□
長雨の時期になると、TVの気象情報や報道番組で「てるてる坊主」の
画像を見かけるようになります。
かなり昔は、軒先に「てるてる坊主」を吊るした家はありましたが、
現在は、もう見なくなりました。

実は、私は、軒先に吊るされた「てるてる坊主」を見なくなったこと
には、多少の安堵感を覚えているのです。
晴天を願う気持ちは理解できるのですが、布の人形であり、顔を描い
ていないにしても、その首を吊った状態が不気味に見えるからです。
晴れたご褒美に目鼻立ちを上手に描けば、さらに不気味です。

「てるてる坊主」は、棚上などの高所に置けば良いのに、なぜ吊るす
のでしょうか、しかも首を紐でくくって、です。

画像
(註1) 首を吊っているのは、
命を捧げる意味の形だから
「首吊り」を連想するのは
よくない、という説もあり
ますが、見たままに想像す
れば、やはり不気味です.

その上、「雨止め」に失敗すれば「首をチョンと切る」という童謡も
あり、斬首刑が連想されるこの風習に、残酷な印象は倍増します。
悲しい旋律で「チョンと切るぞ」と歌われると、ゾッとします。

この歌は、1921年(大正10)に発表された、ポピュラーな童謡です。
「子供の美しい空想力を育む」ために、小学校の教科書に掲載された
こともありました。

しかし、私には、この童謡の斬首のイメージは、発表の2年後に発生
した関東大震災の惨状にも繋がり、不吉な印象が払拭できません。

画像


(註2) 掃晴娘の切り絵です.
少女の明るい表情は、彼女を
生贄に出した者たちの憐憫の
意識の表れでしょうか.

私と同様に、「てるてる坊主」を異様に感じる人は多いようです。
ネットで探せば、この「首吊り」を連想する風習を訝しく思う意見が
かなり多く投稿されています。

そうした意見と対極的に、これは「日本らしい風流な風物詩」である
と紹介し、由来や伝説を詳細に説明しているサイトもあります。

14世紀(元朝)の中国に、箒を持った娘「掃晴娘(さおちんにゃん)」が
「雨止め」の犠牲になって、天に差し出されると、雲を掃いたように
空が晴れた、という伝説があったそうです。
有り体に申せば、彼女は犠牲というより「生贄」です。

画像

(註3) 実際に首を切る人は、
自分の思い通りにならない
日常の物事に、どのように
対処されているのか、気に
なってしまいます.

その話が9〜12世紀(平安時代)に日本に伝わり、「掃晴娘」が天候を
祈祷する坊主に代わったのだそうです。

さらに、「雨止め」祈祷に失敗した坊主、あるいは酒を飲んで祈祷を
サボっていた坊主は、罰を受けて斬首された、という話になります。
そして、その首を白布で包んで高所に吊るしておくと翌日は晴れた、
と説話が続きます。

私は、その「失敗やサボリ」という理由は、「生贄」にしたことへの
都合の良い言い訳のような気がします。
ともあれ、これが「てるてる坊主」の起源のようです。

江戸時代中頃の「てるてる坊主」は、現在のような頭を丸めた形では
なく、折り紙で形代(人形)を作っていたようです。
より人に近い形になりますが、これを半分に切断したり、逆さにして
吊っていたそうです。
こうなると、「てるてる坊主」は「生贄」としか思えなくなります。

頭を丸めた形の「てるてる坊主」は、いつ頃から作るようになったの
かは、分かりませんでした。

画像
(註4) 復元された渡海船です.
途中で僧が逃げないように、
親指を切断することもあった
そうです.
どこかの島に漂着した場合は
彼を海に投げ込んだそうです.

ネットには、「てるてる坊主」の作り方、吊り方を解説したサイトも
多数あります。
その中で私が気になったのは、「供養」の仕方です。

翌日が晴れた場合は、神酒を供え、その後は川に流すのだそうです。
その「供養」には、私は古代・中世の「補陀落渡海(ふだらくとかい)」
という、特に那智勝浦で行われていた「捨身行」を連想します。

小舟の上に非常に粗末な小屋を作り、その中に僧や業者を閉じ込めて
太平洋の荒波に流し出します。
海の彼方の観音に身を捧げて、世の平穏を祈願する「行」です。
しかし、中には「捨身行」とは違った意味合いで、「補陀落渡海」を
強いられた人もいたようです。

画像
(註5) 形代流しです.
流れていく形代を見ている
と、紙片よりも、修行した
人を実際に流す方が、より
ご利益があるような錯覚が
一瞬よぎります.

「補陀落渡海」は、「形代流し」という厄払いの原型のようです。
「形代流し(かたしろながし)」は、人の形に切った紙に穢れを移し、
これを身代りとして川や海に流す風習です。
「古事記」や「源氏物語」にも記載があるそうです。

しかし「てるてる坊主」を川に流す「供養」は、「形代流し」よりも
生々しく「補陀落渡海」に酷似しているような気がします。

これ以上は、気が滅入る方がいるでしょうから、書くのを止めます。
ともあれ、TVの番組で「てるてる坊主」の画像を見ただけでも、私は
こうした不吉なイメージがジワーと思い浮かんでくるのです。

私も「てるてる坊主」に代わる、可愛げのある習慣が流行することを
待ち望んでいる者の一人です。

171110
□□□□□
下記の画像を加工しています.
(註1)「tenki.jp」
 http://www.tenki.jp/suppl/usagida/2015/05/14/3771.html
(註2)「上海で働く内科医のブログ」
 https://ameblo.jp/shanghaidoc/entry-12167906858.html
(註3)「mulpix」
 https://mulpix.com/instagram/坊主_てるてる坊主_雨.html
(註4)「毎日新聞 写真特集」
 http://mainichi.jp/graph/2015/10/16/20151016ddf012040036000c/002.html
(註5)「倭しうるはし」
 http://isuzugawa.ti-da.net/e5872332.html


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暮らし/日常-3 盗み見? 盗み聞き? -2

2017/10/30 10:45
オレガ夫婦のイヤガラセに関する、ある助言による記録ブログです.
不快に感じられた方にはお詫びします.
□□□□□
拙宅は袋小路の入口の角にあり、私に嫌がらせをする「オレガ」宅は
袋小路の奥にあります。
(オレガとは、私が付けた渾名です。誰もが普通に行う小さな善行を、
「オレガ、オレガ...」と自慢して感謝をおねだりするからです。)

秋の終りのある日、私が外出から帰り玄関前に来た時、作業服の男が
「オレガ」宅の隣家の庭で何やらゴソゴソしている姿が見えました。
彼は私の姿を見ると、ギョッとした様子で後ろ向きになりました。

空巣か...と思いましたが、よく見ると、男は「オレガ」でした。
彼はすぐに隣の自宅に戻り、庭木バサミを持ち出し、また隣家の庭に
入りました。
そして、隣地にハミ出た自分の庭木を剪定して、忙しく動きました。

私は、危うく「誰だっ ! 何やってんだっ !!」と怒鳴るところでした。
この近辺にも、風呂覗きや空巣が横行しているのです。

その時間帯は、隣家の奥様はパートに出ていて留守なのです。
しかし、隣家が留守であっても、無断で門扉を開けて庭に入るのは、
顔見知りの間柄でも無礼な行為だと思います。

画像
(註1)
顔見知りでも、留守中に
庭に入られるのは、内心
穏やかではありません.

そうした「オレガ」の行為は、過去にも数回ありました。
彼が隣家の庭に侵入するのは、いつも留守の時です。
私が注意すると「奥さんの承諾を得ている」と嘘を言い、「私ゃね、
良かれと思って、隣の庭を掃除しておる」と怒鳴り返しました。

後で奥様に承諾の有無を確認すると、その少し前に、「オレガ」から
承諾済みにするよう要求されていました。
小柄な彼女は、「以後は勝手に庭に入らないで下さい」と申し入れる
こともできなかった、寂しそうに言っていました。
「オレガ」女房の陰湿な仕返しを恐れているからです。

画像(註2)「盗み見」と目撃は
異なります.
しかし隠れて背徳の行為
をする者には、どちらの
場合も「盗み見」られた
と思うようです.

今回の「オレガ」の無断侵入では、私は声を出さずに見つめ、無言で
抗議しました。
私が見ていることに気づいた「オレガ」は自宅に戻って、「アイツに
見られた」と、難聴の人特有の大きな声で、女房に訴えていました。

これで「オレガ」女房は「アイツは他人のプライバシーを盗み見して
いる」と、デマを流し歩く事になりました。
1週間前の「アイツは盗み聞き...」の続編、「アイツは盗み見て...」の
「デマ流し」です。

「オレガ」女房は、亭主が誰かに苦言を受けると、カーッと頭に血が
のぼって、すぐに「仕返ししなくては...」と行動します。
「デマ流し」や小さなイヤガラセを執拗に繰り返します。

「オレガ」夫婦は、デマの信憑性と効果を有効にするため、日頃から
近隣に野菜を配って仲間を作り、周到に下地を整えています。
仲間や子分にとっては、地域の優しい世話役、親分なのです。

私は、その存在は認めても、子分にはなれないし、フリすらできない
性分ですから、「オレガ」夫婦の類から嫌われるのでしょう。

画像

(註3)
デマを流す人は、自分が
醜くて恥ずかしい行為を
しているとは、自覚して
いないようです.

しかし今回は、隣庭侵入の終了間際にハプニングがありました。
拙宅の隣の奥さんにも、一瞬ですが目撃されてしまったのです。
しかし彼女は、「オレガ」女房の第一側近です。

隣の奥さんは、後で「オレガ」に駆け寄り、「オレガ」の隣庭侵入と
庭木の剪定を褒めていました。
そして、隣庭への無断侵入はなかったことに、話がまとまりました。

目撃奥さんは小声で話しているのに、「オレガ」は気分が良くなって
大きな声で歓談するので、茶番劇は筒抜けに聞こえました。

画像
(註4)
近所付き合いの瑣末な
トラブルは、まともに
付き合うと、滑稽です
が、陰湿な嫌がらせが
続くと、気分が滅入り
そうになります.

「オレガ」夫婦が「デマ流し」する場合、「オレガ」の野菜を貰った
近隣人は、もしデマを聞かなければ、自分もイヤガラセの対象になる
ことを承知しています。
近隣人はこれを恐れて、デマを受け入れます。

中には積極的に参加して、私を遠巻きに見て避ける人もいます。
そういう子分たちは、正常な感覚のない人なのか、「オレガ」夫婦と
同じような生き方をしてきた人、であろうと思っています。

そう思って、私は、デマ好きな彼女たちの遊興を無視しています。
デマを否定すれば逆効果だし、関わる時間がもったいないし、私にも
至らぬ点があるのかも知れないからです。

私の女房は、気づかないフリができるので、連中の悪意は届きません。
誹謗中傷に対して鷹揚に構えることのできる彼女が羨ましいです。

画像(註5)
陰口を聞くのが好きな人、
聞かされて疲れる人、
その割合は地域によって
大きく異なると思います.

地域には多様な人が住んでいますから、意見の違いは当然あります。
その軋轢は、コミュニティを阻害するとは限らないと思います。
多様な存在を互いに認め合う環境を育む機会になり得ると思います。

しかし「デマ流しとイヤガラセ」は、多様性の容認ではなく、少数派
への暴力ですから、健全なコミュニティ形成を阻害します。

陰湿な誹謗は、その人の品格を自ら低くしていくことだし、魂さえも
歪めていくことに繋がりかねないと思います。
しかし悲しいことに、気が付かないうちにやらかすものです。
人を悪く言いたい衝動は、自分の内に上手に収めたいものです。

多くの人がこうした願望を持てば、この地域も、いつかは穏やかさを
取り戻せるかも知れない、と思っています。

以上は、どの地域にもある話だそうですが、気分が滅入りそうです。
似た経験をお持ちの方への参考と、自分の記録のために書きました。
失礼しました。

171030
□□□□□
以下のサイトの画像を加工しています.
(註1)「ストリートビュー」
(註2)「zazzle」
 https://www.zazzle.co.jp/1909年の盗み聞き_iphone_6_plus_ベアリーゼアケース-179898622679867143
(註3)「知る蔵」 http://www.siruzou.jp/tantei/3137/
   「ひと目でわかる話題本」 http://bookpre.hatenablog.jp/entry/2014/10/18/053500
(註4)「Google Earth」
(註5)「しらべぇ」の画像を加工しています.
 https://sirabee.com/2016/09/16/162029/


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暮らし/日常-32 盗み見? 盗み聞き? -1

2017/10/20 10:47
オレガ夫婦のイヤガラセに関する、ある助言による記録ブログです.
不快に感じられた方にはお詫びします.
□□□□□
秋の深まる頃、拙宅の道路前の庭で、アサガオとミニトマトの枯れた
葉を整理していました。
その時、10mほど離れた所の家庭ゴミ集積所で、「オレガ」と近所の
奥さんの立ち話が聞こえてきました。

私は気に留めずに枯れた葉を集めていたら、急に「オレガ」が大きな
声で「このパネルはね...私が取り付けさせたんだよ」と言いました。

彼は、ネットフェンスに取り付けた30cmx45cmほどのプラ板を手に
持って、奥さん1人を相手に演説調で叫ぶように喋っていたのです。
強い「抗うつ剤」を飲んだ人のような、妙なハシャギようです。

そのプラ板は、分別ゴミの持ち去りを禁止する、市の廃棄物対策課が
取り付けた掲示板です。
分別ゴミは市の資金源の一部になりますから、これを持ち去ると罰金
20万円以下の窃盗罪に抵触するのです。

画像

庭の整理をしていると、
集積所の様子はよく見え
るし、少し大きな声なら
よく聞こえます.

これを「オレガ」が市に取り付けさせたというのは、全くの嘘です。
本当は、数年前に、私が市に相談して取り付けてもらったものです。

実は「オレガ」は、分別ゴミの持ち去りを2年間続けていたのです。
近隣は黙認していましたが、子供が持ち去りに興味を持ち出したので、
私は、誰も見ていなさそうな時に、止めるように注意しました。

彼は逆ギレして「お前に20万払えばいいのか」と捲し立てました。
しかし強く説得して、持ち去りを止める約束を取り付けました。
しかし、その後、彼は約束を守らず、へへ...と笑っていました。

そこで、市の廃棄物対策課の課長さんに事情を説明し、掲示板を設置
してもらうことにしたのです。
課長さんは正義感の強い人で、わざわざ拙宅の玄関先に挨拶に来て、
「オレガ」は必ず仕返しするから...と注意を促してくれました。

以後、彼の予想通り、「オレガ」夫婦の「デマ流し」とイヤガラセが
本格化してきました。
以前から「オレガ」は、毅然として子分にならない私を嫌っていて、
孤立化させるために陰湿な「デマ流し」をしていたのですが、それが
エスカレートし出したのです。

画像

この集積所だけに「ゴミ
持ち去り禁止」の掲示が
取り付けられたを理由を
知る人は、この地域には
いません.

ともあれ、以降は「オレガ」は分別ゴミを持ち去らなくなったので、
反省していると思い、掲示板設置の経緯は誰にも言いませんでした。
しかし、反省するどころではありませんでした。
自分が誰かの持ち去りを止めさせたのだと、ウソを言っているのです。

勘ぐれば、仕返しするために、私を持ち去り犯人にするための「デマ
流し」をしていたのかもしれません。
この区域だけに持ち去り禁止の掲示板があることを、誰も不審に思わ
なくなったので、自分が疑われることはなく、ホトボリが冷めた今が
「デマ流し」のチャンスだと思ったのかもしれません。

しかし、その後の「オレガ」と奥さんの立ち話は、明瞭には聞こえな
かったので、私はそのまま枯れ葉を片付けていました。
そして「オレガ」は、演説を終えて帰る時、拙宅の前庭の私の存在に
気づくと、後ずさりして驚きました。

「オレガ」は急いで家に帰り、女房に「あいつに聞かれた...盗み聞き
していやがった」と大声で騒いでいました。
すると、事情がどうであれ「取り敢えず、仕返ししなくっちゃ...」と
熱り立つのは「オレガ」女房の性分です。

すぐに子分的存在の隣宅に向かいましたが、奥さんは留守でした。
怒りの収まらない「オレガ」女房は、拙宅の周りを、腰を屈めながら
覗き込むようにして、拙宅の周りを見て回りました。

「オレガ」女房は、子分の奥さんの多くも同様、少々脚が不自由で、
片足を引きずりながら歩いています。
それはそれで気の毒なんですが、「オレガ」女房の舐めるように見て
周る格好は、私には爬虫類か大蜘蛛が徘徊しているように見えました。
背筋がゾゾっとする、非常に気持ちの悪い光景でした。

画像

袋小路の住宅では、必ず
仲良しグループができ、
ボスに媚びないお宅を
孤立化させるように動く
空気が形成されます.

それは見っともない格好なので、止めてもらおうと思いました。
翌日「オレガ」に会った時、拙宅周りの腰屈め徘徊を止めるよう伝え、
「ウソを言うのはよくない。盗み聞きもしていない。私に聞かれたく
ない話は小声で言いなさい。」とも伝えました。

さらに、余計な事かも知れないと思いつつ、「オレガ」夫婦が流した
数々のデマを列挙し「全部聞こえているよ、私の悪口はもっと小さい
声で言った方が良い」とも言いました。

しかし「オレガ」は悪びれることなく、「オレは...耳が悪いから声が
大きいんだ」と逆ギレしてきました。
その後、「オレガ」女房の仕返しの「デマ流し」が再開され、それを
手伝う子分の奥さんが私を避けるようになったのも、想定通りです。

その翌日は、「オレガ」女房の「デマ流し」を見てしまいました。
拙宅の向かいに住む子分の奥さんは、忠誠心を強調して「アイツには
ガツンと一発言ってやんなよ」と大きな声で煽り立てていました。
「オレガ」女房は、慌てて声を制し、キョロキョロしていました。

玄関の5m先の「デマ流し」はよく見え、台詞もよく聞こえました。
私は、呆れながら、滑稽な様子を興味深く見入ってしまいました。
それこそは、私は「盗み見/盗み聞き」していたのです。

画像(註1)
「陰口・悪口は諸刃の刃」
という話も聞きます.
他にも傷つけるし、同時に
自分の魂も傷つけていると
いう意味です.

その少し後、私がいる前庭を「オレガ」女房が通りかけました。
私は、止せばいいのにと思いつつ、「聞いてたよ、いつでもガツンと
一発言いに来ていいよ」と、つい笑って声をかけてしまいました。

「オレガ」女房はギョッとした顔で、小さな目を丸くして立ちすくみ
「私ゃアンタの話はしたことがないのに...」と怒り出しました。
そして、「病院の予約があるから...」と言い、「オレガ」の運転する
車で出かけて行きました。

私が「盗み見/盗み聞き」するというデマは、近隣に流布されました。
その後は例によって、拙宅に唾を吐きかけて行く人、「此奴かぁ」や
「やぁね...」と言って行く人など、様々現れてきます。
拙宅の前の道端で立ち小便して見せる人もいます...犬と同じです。

彼らは「オレガ」夫婦と同じような生き方をしてきたので、生き方の
波長が合うのでしょう。
しかし、近隣の中には、普通の生活感覚を持って、正常に対処できる
人もいるのではないだろうかと、淡く期待しています。

「オレガ」夫婦と子分たちの嫌がらせの記録として、その一部を書き
残すブログでした。気分が滅入りそうな長い話で、失礼しました。

171020
□□□□□
以下のサイトの画像を加工しています.
(註1)「せちがら☆速報」
 http://www.sechigara.net/archives/66593375.html
   「Hiragana,Katakana,Kanji」
 http://japanese.reader.bz/kageguchi



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雑観/世相-14 相手を見ないで握手する人

2017/10/10 10:47
変人の暮らしと、少々毒のある雑観です.
□□□□□
選挙のシーズンになると、マスコミの報道が賑やかになります。
候補者が多くの市民と握手して廻る様子も、頻繁に報道されます。

握手の様子を見るたびに、私は候補者の視線が気になります。
きちんと相手を見て握手をしているのか、つまり、失礼のない挨拶が
できているのか、これが気になるのです。

残念ながら、多くの候補者は、相手から視線を外して握手しています。
次の相手を探しながら、仕事として消化するような握手なのです。
できるだけ多くの手に触れて廻ることを、目的としています。

画像

(註1)
握手の数と得票数が比例
する選挙で社会が形成さ
れるのは淋しいです.

握手とは、武器を手にしていないことを示し、相手の目を見て戦意の
ないことを確かめあう、親和行為の1つです。
ですから、視線を外して相手を無視する握手は、信頼関係のない間柄
であることを意味することになります。

そうした握手は、選挙活動としては、致命的なミスだと思います。
しかし何故か、視線を外して握手する候補者が、多くの票を獲得して
当選するのが、現在の世情なのです。
「一体どうなってんだ、世の中は...?」と、変人は憤慨します。

画像
(註2)
「市民ファースト」を
標榜するのであれば、
政治家は市民との信頼
構築は大切なはずです.

選挙に限らず、政治家は、視線を外して握手することが多いです。
彼らにとって、「信頼」よりも「多数」が大切なのかもしれません。

中には、時には、しっかり相手を見て握手する政治家もいます。
市民の方を向いて政治に携わる、誠実な人柄を思わせます。
やはり、市民との信頼を構築したいのであれば、市民と握手する時は
しっかり視線を合わせて、意思表示して欲しいです。

画像画像
(左/註3) アイドルはファンを大切にしています.
(右/註4) ネコは手を握られると相手を見ます.


意外...と言っては失礼ですが、アイドルの女の子は、きちんと相手の
目を見て握手しています。
ファンを大切にしている姿勢が伺われます。

妙な話ですが、イヌやネコでも、手を握ると、大抵は困惑した表情で
すが、相手を見ます。
手を握り合うことは、人間を含む動物にとって、お互いの存在を確認
し会うという深い意味があって、相手を見るのだと思います。

画像

(註5)
失礼のない握手のできる
人は信頼でしても良いと
思います.

視線を外して挨拶されたり握手されると、普通は、自分の存在を無視
されたような気がします。
その相手が偉い人であっても、少々不快な印象を持ってしまいます。

今回の選挙で、相手を見て握手する議員が増えれば、もっと市民寄り
の政治が期待できるような気がします。
多くの市民がそのような政治家に投票すれば...ですが。

171010
□□□□□
下記の画像を加工しています.
(註1)「Yomiuri Online」
 http://www.yomiuri.co.jp/election/shugiin/photonews/article.html?id=20141215-OYT1I50011
(註2)「健康になるためのブログ」
 http://健康法.jp/archives/16080
(註3)「Tokyo Girls Update」
 https://tokyogirlsupdate.com/akb48-handshake-event-resumed-after-41-days-from-the-slashing-incident-20140723437.html
(註4)「街を歩けば そこに猫」
 http://nekophoto.kumax.net/sakaba/141021/
(註5)「熱海ネット新聞」
 http://atamii.jp/today/post-22758/



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暮らし/日常-31 剣道...気合いか悲鳴か...

2017/09/29 10:47
変人の暮らしと、少々毒のある雑観です.
□□□□□
拙宅の先に、T中学校のグランドと武道場があります。
隔ては道路と放水路だけですから、生徒たちの声はよく聞こえます。

放課後は、野球部の「オエ〜オエ〜」、ソフト部の「キャワキャワ」、
剣道部の「ア〜ンア〜ン」が、閑静な住宅地に響き渡ります。
これらが長時間、同時に鳴り響くと、頭痛がしてきます。

最近は、剣道部の声が一段と賑やかになりました。
変声期を過ぎたオッサン声に、変声期前の可愛らしい声が混じって、
気合いの集団音声は奇妙な混声合唱です。
中には女子も数人いるようで、特別に甲高い声も聞こえます。

女子の中に、ひときわ甲高い声の生徒がいます。
彼女の声は、どう聞いても気合いには聞こえず、絹を裂くような女の
悲鳴に聞こえます。
辛そうに「ヒーッ! ヒーッ!」と泣いているように聞こえるのです。

画像画像
(左) 中央奥がT中学校の武道場です. 拙宅との隔ては、スケスケの
 生垣とネット、傾いた街灯だけですので、音はよく聞こえます.
(右/註1) 剣道だと知らないで、竹で叩く音と鋭い悲鳴(気合)だけを
 聞くと、剣道の練習かな? と思いますが、他の良からぬイメージ
 も思い浮かびます.


ここまで書けば、察しの良い方はお分かりだと思います。
剣道部の練習する音声は、SMの場面を連想させるのです。

オッサン声の気合い「ウォーッ」と共に、竹刀でバシバシと叩く音が
して、直後、男の痛々しい声「キャーッ」と、女の甲高い辛そうな声
「ヒーッ」が聞こえてくるからです。

本人は強烈な気合を入れて叫んでいるつもりですけど、声が裏返って
いるので、悲鳴にしか聞こえません。
散歩の人も同じように話していましたから、私だけの幻聴ではないと
思います。

剣道部の気合の混声合唱は、音声だけ聞いて素直にイメージすれば、
牢獄での暴力場面が思い浮かんでしまうのです。
不謹慎は重々承知しつつ、夫婦を竹の棒で叩き苦しめる陰湿な情景が
想像されてくるのです。

画像画像
(左/註2)「おんだ祭」です. 竹で尻を叩かれるのは「厄払い」です.
(右/註3)「六郷の竹打ち」です. 本気で竹で叩き合っています.


竹で叩く音と悲鳴を聞いて、奈良県明日香村の「おんだ祭」、秋田県
美郷町の「六郷の竹打ち」を連想すれば穏便でしょう。
しかし、あの鋭い悲鳴には鬼気迫るものがありますから、どうしても
強烈な方を連想してしまいます。

慌てて、重苦しく陰鬱なイメージを打ち消そうとしますが、一旦頭に
コビリついた悪徳画像は、なかなか剥がれません。

そんな時は、耳にイヤホンを突っ込んで、YouTubeで航空機のコック
ピットの動画を大音量で視聴して、気を紛らします。

「罪な剣道部だね」と溜息ついて、YouTubeで飛行機のエンジン音を
聞いていると、「ウォーッ!! バシバシ!! キャーッ!! ヒーッ!!」は、
徐々に小さくなっていきます(...ような気がします)。

170930
□□□□□
下記の画像を加工しています.
(註1)「共立女子中学高等学校」
 https://www.kyoritsu-wu.ac.jp/chukou/club/kendou/
(註2)「奈良大和路〜悠〜遊〜」
 http://pinbokejun.blog93.fc2.com/?tag=御田植神事&page=1
(註3)「じゅんさいときりたんぽ」
 http://andofoods.com/?mode=f39




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雑観/TV番組-10 MCの仲間内の会話

2017/09/20 12:55
変人の暮らしと、少々毒のある雑観です.
□□□□□
私は、ニュース・報道番組はよく観ています。
女房が不機嫌にならない程度に、各局を回し見します。

多くの報道番組は、複数の男女キャスターで構成されています。
彼らが語尾まではっきり発音し、解説者にタイミングよく要点説明を
促す司会進行は、メリハリが効いた心地よい緊張感があります。

画像
(註1)
2人の会話が長くなると、
自分は聞いてていいのか、
一瞬、ドキマギします.

あるテーマの報道が一段落した後、彼らはよく話し合っています。
視聴者への報道とは違う何かを、仲間に説明しているようです。
会話の中に重要な意味があるのか、それを視聴者に聴かせようとして
いるようです。

しかし私は、キャスターの私見であっても、視聴者に伝えたいことが
あるのなら、真直ぐ向いて話せば良いのに...と思う堅い性分です。
仲間同士の合図や短時間の打ち合わせなら気になりませんが、会話が
長くなると、報道ではなく、公然の内緒話に思えてくるのです。

すると私は、彼ら仲間内の会話を盗み聞きしているような気がして、
妙に恥ずかしい気持ちになります。
小心者ですから、聞いては悪いと思って、チャンネルを変えます。

画像
(註2)
仲間に入って、説明を
聞いていいものかと、
一瞬、迷います.


たしかに、デスクのキャスター全員が、終始、真正面を凝視して報道
していると、視聴者は息が詰まり、私は下を向いてしまいます。
彼らが時々和かに意見を交わす方が、自然な雰囲気だと思います。

しかし、仲間だけの会話状態が長くなれば、「こちら側の話だけど、
聞きたいなら聞いてもいいよ」と、冷たく突き放されたような気分に
なるのです。
それは、私だけでしょうか...ひねくれ者の悲しい性分です。

誰とでもすぐに打ち解け、どんなグループでもすぐに仲間になれる人
なら、仲間内の長い会話状態に、何らの違和感はないと思います。

画像
(註3)
茶目っ気のあるキャスターは
意外と厳しい意見を言う時が
あります.

偏屈者の私は、キャスターの仲間内の会話には、誘われても参加する
気はありませんから、視聴者の特権を使います。
つまり、音量を絞るか、チャンネルを変えるか、TVを消すのです。

そして、その直後、素直になれない自分に嫌気がさすのです。
報道番組を視聴する時は、いつもこれを繰り返しています。
いつまでも学習できません。

170920
□□□□□
以下の画像を加工しています.
(註1)「素敵な女優ダイアリー」
 http://marsar.tokyo/mm02/news/post-19676/
(註2)「池上彰の報道番組」
 http://www.tv-tokyo.co.jp/ikegamiakira/smp/140103.html
(註3)「日々是変化なり」
 http://blog.goo.ne.jp/onscreen/e/f817a557e20bcdf988f2f58fff9d08c7



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暮らし/健康-11 歯茎の一部切除

2017/09/11 09:45
変人の暮らしと、少々毒のある雑観です.
□□□□□
行きつけのM歯科医院から、3ヶ月に一度「歯科検診のお知らせ」の
葉書が届きます。
「普通は半年に一度だけど...オタクは念のためネ」ということです。
つまり、私の歯は非常に不健康なのです。

検診では、以前に治療した歯のメンテナンスと、歯垢と歯石を除去、
歯周病の状況をチェックしていただきます。

面白いことに、3ヶ月経つと、必ずどこかに不具合が生じています。
何事もなかった時でも、医院の前に来ると、道路で躓いた拍子に歯が
欠けて、「3ヶ月ごと」には意味があると感心したことがあります。

画像
(註1) 私は、待合室の様子は
覚えていますが、診療室の
様子は覚えていません.
受付の看護師さんは記憶して
いますが、医師や衛生士さん
の顔は記憶が抜けています.

私の叔父の中に、エアタービン(ドリルのような回転切削器具)の音を
聞いて失神していた人がいます。
私は彼の血を少し受け継いでいるようで、診療台に上ると、情けない
ことに冷静さを失い、かすかに震えているのが自分でも分かります。

衛生士さんに歯石を除去してもらう時、「痛かったら左手を上げてね」
と言われますが、ドリルの音を聞くと身体が硬直して、もう右も左も
分からなくなります。
ですから、痛くても手を上げたことは一度もありません。

歯石とは、歯垢(細菌の塊)が石灰化して硬くなったもので、歯周病の
原因の1つになるそうです。
歯磨きだけでは除去できませんから、定期的に除去してもらうことが
必要なのです。

画像

(註2) 時々正しい歯磨きの
仕方を教えていただきます
が、まったく覚えていない
ので、その通りに実行した
ことはありません.
それも虫歯と歯周病の要因
なのかも知れません.

施術中は「虫歯が1本...虫歯が2本...」と数えて気を紛らせますが、
次第に何が何だか分からなくなって、その後、「ハイ...お疲れ様」の
優しい声で我に返ります。

その後、医師から症状の説明などを受けますが、私は早くその場から
逃れたくて、上の空で聞いています。
ですから、待合室に戻って落ち着いてから、受付の看護師さんに話の
内容を訊き直さなければなりません。

注意力が散漫になっていて、診療台に眼鏡を置き忘れたまま、医院を
出ようとしたこともありました。
頭がボーとしていたので、視界もボーとしていると思っていたのです。
以降、どの看護師さんからも「メガネ...忘れないでね」と笑いながら
話しかけられるようになりました。

画像
(註3)
私の場合も歯茎が痩せて
被せ物の隙間から細菌が
侵入して、歯茎が炎症を
起こしたようです.

医師の説明は、私の歯茎の腫れは、昔の虫歯治療の際の消毒が不完全
なために、「被せ物」の隙間から細菌が入って、歯茎が炎症したのが
原因だということでした。
神経を抜いているので、痛みを感じなかったのだそうです。
「被せ物」は、治療の完全終結を意味してはいなかったのです。

そこで、「次回、歯茎の一部を切り取って膿を出しましょう」という
説明だったのです。
これを受付の看護師さんから聞き直した時は、血の気が引いて、天と
地がひっくり返ったような気がしました。

次週、歯茎を切開する時、医師は「麻酔するから痛くありませんよ」
と安心するように言います。
しかし私は、麻酔の注射が非常に痛いことを知っています。
笑顔を作って応えたつもりですが、顔は引きつっていたと思います。

画像
(註4) 唇を指でつまみ
あげて、歯茎の欠けた
異様な所を見せると、
孫たちは驚きます.
これで、当分の間は、
歯磨きを忘れなくなり
ます.

さすがに経験豊富なM歯科医師です。
私は恐怖に気が動転して少々のパニック状態にありましたが、無事に
歯茎の切除は終わりました。
それから半年が過ぎましたが、感染症も、何の支障もありません。

しかし、切り取った歯茎は、元の状態には戻りませんでした。
私は、歯茎は自然に盛り上がってくると、思い込んでいたのです。
かなり大きく切除されたので、旧状復帰しないのかも知れません。

欠如した歯茎は、今は、孫たちへの歯磨きの奨励に役立っています。
「歯磨きをサボると...こうなるんよ」と、上と下の唇をつまみあげて
欠けた歯茎と歯が異様に長く見える所を見せます。
孫たちは、目を丸くして「ワァ...」と呟いて、洗面所に向かいます。

170911
□□□□□
以下の画像を加工しています.
(註1)「おがた歯科クリニック」
 http://www.ogatadental-clinic.com/0515maintenance/
(註2)「小山歯科」
 http://www.dental-square.jp/periodontics/
(註3)「どくらぼ」
 http://doclabo.jp/contents/694
(註4)「でんたろう」
 http://dentarou.net/photo/



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雑観/世相-13 バス停のオバサマたちの列

2017/08/30 10:47
変人の暮らしと、少々毒のある雑観です.
□□□□□
大宮駅西口のバス乗場は、歩行者デッキの下にあります。
昼の少し前、駅近くの歯科医院の帰り、4番乗場の列の後尾に並んで
いました。

このプラットホームには、4番と5番の乗場が直列しています。
バス待ちの列は、時間帯によって非常に混み合います。

ですから、列は10mほどで折り返して、また折り返し、ジグザグ状に
続いていきます。
そのように誘導するために、床に白線が標してあります。

私は、折り返しの位置に、列に90度になる形で並んでいました。
当然、次の人は私の後に、列に180度になる形で並んでいきます。

画像

(註1)
バス乗場は狭いスペース
ですから、並び方を工夫
しないと、無駄な混雑を
招きます.

その時、数年前の夕方の、バス待ちの列を思い出しました。
同じ場所で同じように、床の白線に沿って、列の折り返し点で並んで
いたのです。

買い物帰りの中高年女性の多いバス待ちでした。
私の次に来た人も、いつものように、白線に従って、私の後ろに並ぶ
だろうと、思っていました。

しかし、その中年女性は、列を折り返して並ぶ私の存在を無視して、
私の前の人の後ろに並びました。
目前の彼女の横顔は、「当然でしょ」という感じです。
「白線が何よ...あんたは列に並んでいないのよ」という雰囲気です。

画像

(註2)
4番乗場に停車している
バスです.
その左奥は5番乗場です.

無言の迫力に気後れして、列の横割りを注意するのは躊躇しました。
この次の人が来れば、私の後ろに並ぶだろうから、一人分くらいなら
後退してもいいか...と思って、静観することにしました。

しかし、その期待は外れました。
バスの時間が近づいてくると、次々に人が来ましたが、みんな白線と
私を見て見ぬ振りして、横割りの女性の後ろに並んでいきました。

列は、歩行者デッキの階段の上にも続いて、乗場は混乱しました。
しかし、みんな同じように「当然でしょ」と澄ました顔です。
横割り女性と私の、存在感の軽重の差が、そうさせたのでしょうか。

画像

(註2)
ラッシュ時は、次発か
次々発を待たなければ
なりません.

私は「都市の多くは、都会に見えるけど、田舎が大きくなったに過ぎ
ない」という自論を持っています。
「ビルの林立や交通網の充実が「都市」を造るのではなくて、市民の
文化が「都市」空間を造る」と思っているのです。

従って、どんな山奥の田舎でも、住む人たちが生活のマナーを遵守し
合い、住む文化を育んでいれば、そこは、田舎の村ではなく、豊かな
自然に囲まれた都会だと思うのです。

画像

(註2)
ラッシュ時以外だと、
乗場は閑散としていて
乗客が2人の時もあり
ました.

ここで、秀吉が政宗を「鄙の華人(ひなのみやこびと)」と評した逸話
を思い出しました。
「田舎に住む、教養ある都会人」という意味です。
この「鄙の華人」は、前記の「都市を造る生活文化を有する都会人」
とは、少し意味が異なります。

「鄙の華人」は、上から目線のホメ言葉であって、「田舎者にしては
知ってそうだね」という、見下すニュアンスが込められています。

しかし、逆に言い回した「都の鄙人(みやこのひなびと)」は、ここで
使えると思います。
「都会人らしいけど、マナーを知らないんだね」という意味です。
見下すというより、驚き呆れるニュアンスを込めています。

画像
(註3)
奥の4番乗場の列が折れ
曲がらずに、手前の5番
乗場まで侵入してくると、
このホームは大変に混乱
してしまいます.

列を乱して、狭い乗場を混乱させても、厚顔でいられる中高年女性は、
恐らく、普段は「曲がった事が嫌い」なオバサマだと思います。
しかし、その時は「都の鄙人」でした。
その1人に追従したオバサマたちも、同じ「都の鄙人」だと思います。

私は、朝夕の通勤者のバス待ち時には、並び方を無視した混乱は見た
ことがありません。
ですから、さいたま市は都会のように見えても「鄙人」が多いという
訳ではない、だろうと思っています。

画像
(註2)
画像は、駅前バス乗場の
平和な風景です.
しかしラッシュ時間帯に
なると、酔客も混じって、
戦場の様相を呈すること
もあります.

歩行者デッキの階段に続いていた中高年女性の列は、全員が私の前を
通り過ぎてバスに乗り込みました。
自分は前の人について進んでいるだけです、という様子です。

さて、乗場に1人残った私はどうするか、瞬時に様々考えました。
バスに乗れば、そこは「針のムシロ」でしょうし、良識あるオバサマ
たちに迷惑な存在になるでしょうから、乗車は遠慮しました。

私は、階段を上がり、広い歩行者デッキをユックリ遠回りして、バス
乗場に戻りました。
オバサマたちを乗せたバスは発車していて、新しい列ができかかって
いました。
その列は普通にジクザグに曲がりながら、人が増えて行きました。

170830
□□□□□
下記の画像を加工しています.
(註1)「Google Earth」
(註2)「Google Street View」
(註3)「フォト蔵」
 http://photozou.jp/photo/show/2436427/219665369

 


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暮らし/日常-30 天国からのメール

2017/08/20 11:45
変人の暮らしと、少々毒のある雑観です.
□□□□□
2007年(平成19)、佐賀県唐津市の病院で、母が他界しました。
父の死後、母はウツ気味になって3年間、ほぼ寝たきり状態でした。
埼玉に住む私は、驚天動地のまま急いで帰郷し、妹夫婦の協力を得て、
形ばかりの葬儀を済ませました。

上弟Tsと下弟Tkは、カルト「エホバの証人」の信者ですから、葬儀に
関わることを忌み嫌います。
しかし、物欲は異常に強いですから、自分の相続分がどれほどなのか、
楽しみにしている様子でした。

ところが、母の預貯金は、治療費と葬儀費用に充てたので、ほとんど
残っていませんでした。
後で判ったことですが、上弟Tsは、エホバの活動に没頭するために、
働かずに母のお金を自分の生活費に使っていました。
残った遺産は、ほぼ、実家の傷んだ家屋と土地だけでした。

画像
両親の生前(17年前)に、
ASさんは唐津の実家に
来たことがあります.
この6人のうち、4人が
亡くなりました.

私は、葬儀を済ませて、仕事の都合で一旦埼玉に戻りました。
そして、私の数少ない友人の1人、新潟のASさんに、相続等について
電話とメールで何度も相談しました。
エホバ(の組織)を盲信する弟2人と、いがみ合わずに家屋土地を相続
するにはどうすればいいのか...しかし、いつも悲観的な結論でした。

弟2人は、平気でウソを言う、物欲の強いカルト信者です。
ウソは、信者ではない格下の人間への指導の一環だと思っているので、
彼らが私たちにウソを言うことに罪悪感はないのです。

信仰心はあっても宗教心のない私、両親といえど信者でない者の死を
悼む気のない、物欲の「エホバ」の弟2人、自分が損さえしなければ
良い妹...この兄弟4人の相続会議は、全員が納得できるように収まる
とは思えませんでした。

画像
(註)
羽田空港の第二ターミナル
のロビーです.
混雑した中でボンヤリして
いると、ケイタイにASさん
からメールが届きました.

一週間後、私は解決方向の見えない相続会議を持つために、重い重い
心を抱えて唐津に向かいました。
羽田空港に早めに着いて、ロビーの待合コーナーで、椅子に腰掛けて
様々に思案していると、ケイタイにASさんからメールが届きました。

「 誠一郎(私の名前)、思い切りやりなさい! 母より 」

気がついたら、私は泣いていました。
でも、恥ずかしいとは思いませんでした。

弟に母の介護を任せた後悔(母の預貯金を生活費に使うのが彼の目的で
した)、母を1人で逝かせた後悔、相続会議の不安...様々な思いが渾然
となってドッと流れ込んできたせいもあるかも知れません。

しかし、何より、ASさんの「天国からのメール」の優しさに胸が震え
ました。
母に成り済ました冗談メールではなく、真心こもった応援メールです。
きっと、天国にいる母も、そう言っていると思いました。

落ち着いて、「よし...」と一声出して立ち上がり、セキュリティゲート
に向かいました。

画像


新しいケイタイに転送した
ASさんのメールです.
私の大切な宝物です.

当時、私はケイタイのメールは、軽視していました。
パソコンのメールに比べて、情報量が非常に少なかったからです。

しかし、ASさんの「天国からのメール」は、自宅のパソコンよりも、
空港で見ることの方が、より深い印象がありました。
たった一言ですが、長文以上に、優しい思いが表現されていました。

大切な思いは、豊富な語彙力、巧みな文章力、これがあれば効果的に
伝えることができる...とは限らないことを、改めて教えられました。

あれから一年の後、ASさんは、うつ病が重くなって、ある切っ掛けで
亡くなりました。

彼の「天国からのメール」は、ケイタイの機種が変わっても、ずっと
残しています。
カルト信者の弟たちと対峙しなければならない時は、必ず「天国から
のメール」を見て、場に臨んでいます。

170820
□□□□□
下記の画像を加工しています.
(註)「テーマ「飛行機」のブログ記事」
 http://a-take-off.at.webry.info/theme/a0f403178e.html

 


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雑観/スポーツ-08 シンクロナイズド・スイミング

2017/08/10 10:45
変人の暮らしと、少々毒のある雑観です.
□□□□□
私は「カナヅチ」です...海の町で育ったのに、まったく泳げません。
ですから、海やプールで、綺麗なフォームで泳いでいる人を見ると、
本当に羨ましくて仕方がありません。

私は、競泳よりも、悠然としたスマートな泳ぎ方が好きです。
たとえば、本当は時速300kmを軽く出せる車が、80kmで走っている
ような、余裕のあるユッタリした泳ぎ方が好きなのです。

シンクロナイズド・スイミングは人気のある泳ぎ方です。
派手な水着の美女たちが、音楽に合わせて、水に潜ったり、水中から
飛び出たりして、正確に舞う編隊遊泳は美しいと、誰もが言います。
しかし私は、その泳ぎ方を見るのは好きではありません。

画像
(註1)
シンクロナイズド・
スイミングは、ライフ
セービングの泳法から
発展した、水中の創作
ダンス競技です.

シンクロナイズド・スイミングは、1891年(明治24)に、イギリスで
紹介された、ライフセービングに関する泳法に起源があるそうです。
「ornamental swimming (曲芸水泳)」の「tricks and stunts (美技と
離れ技)」という泳ぎ方が、シンクロナイズド・スイミングに発展して
いったのだそうです。

翌年、ヨークシャーで競技会が開催されましたが、音楽を使用せず、
男性のみで競技されたそうです。

当時は、女性が素肌を人に見せるのをタブーとする時代でした。
ですから、勇気ある女性が、ビキニ姿でシンクロナイズドのショーを
敢行したところ、彼女は「公然猥褻罪」で逮捕されました。
しかしやがて、女性の代表的な水泳スポーツに発展しました。

日本で最初のシンクロナイズド・スイミングは、1954年(昭和29)、
アメリカのチームによる神宮プールでの公開競技だそうです。

画像

(註2)
失神直前の極限状態で
演技しているのでこの
ような顔になるのかも
知れません.


シンクロナイズド・スイミングを見ていると、私は、そのコキコキと
した、ぎこちない泳ぎ方が妙に気になってしまいます。

非常に高度な遊泳技術をもって訓練してきた人たちですから、全員が
揃って滑らかに優雅に泳ぐことは可能なはずです。
なのに、何故ぎこちなく泳ぐのか...理解できていないのです。

水と一体になって、時に戯れながら、ユッタリ泳ぐ水着の美女たちを
見たいと、私はいつも思います。

選手たちのアクロバティックな泳ぎは、私には、「カナヅチ」が溺れ
ながら泳いでいるように見えます。
私には、昔、溺れかけた経験があるので、背筋がゾゾっとします。
選手が水面からバーッと飛び出した時の迫力ある表情は、溺れる者の
断末魔の顔に見えるのです。

シンクロナイズド・スイミングを見ていて、一瞬「溺れる」様を思う
のは、「救命行為」が起源であることを思い出すからでしょう。

画像


(註3)
カナヅチの老人が溺れて
いると、このようにして
救命してくれるだろうか、
と夢想してみます.
また楽しからずや...

シンクロナイズド・スイミングを、「救命行為」から切り離して観る
ためには、私のような「カナヅチ」老人がプールで溺れている時に、
あのような大勢の美女たちが、私を囲んで優しく救助してくれる...と
妄想すればいいのかも知れません。

ともあれ、どこかの勇気あるチームが、審査員の評価を度外視して、
コキコキしない悠然とした泳ぎ方のシンクロナイズド・スイミングを
披露してくれないでしょうか...。
その方が「溺れる」や「救命行為」を連想しなくて済みそうです。

170810
□□□□□
以下のサイトの画像を加工しています.
(註1)「wikipedia/シンクロナイズドスイミング」
 http://ja.wikipedia.org/wiki/シンクロナイズドスイミング
(註2)「gori.me」
 http://gori.me/humor/19380
(註3)「e-nikka.ca」
 http://www.e-nikka.ca/Contents/120802/othernews_01.php




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暮らし/雑草-15 路肩のガーデニング

2017/07/30 11:45
変人の暮らしと、少々毒のある雑観です.
□□□□□
毎年7月になると、市が放水路と路肩を清掃・除草します。
酷暑の中、委託された業者の清掃員たちが、黙々と草刈りします。
休憩時、草刈機のうなり声が止むと、清掃員の「アーくそ熱いー」の
溜息が聞こえてきます。

昨年までは、市の清掃の前月に、自治会の道路清掃がありました。
各家庭から人が出て、放水路の路肩を草ムシリするのです。

この機に乗じて、例の「オレガ夫婦」は私にイヤガラセをします。
子分のように臣服しない私への報復のつもりのようです。

私が観賞している雑草の小さな花を「根こそぎ、根こそぎ」と言い、
近隣の人たちに命じてムシリ取らせます。
数ミリの小さな花をやっと咲かせた雑草たちは、「根こそぎ」ムシリ
取られて、草の命を育む土は炎天下に晒されてしまいます。

しかし、今年(2017年)から、自治会の清掃活動は廃止になりました。
市が一月後に同じ作業をするので、無駄だからです。
イヤガラセを「皆んなでやった」ことにできた「カムフラージュ」を
失った「オレガ夫婦」は、非常に憤慨していました。

画像

拙宅前の水路清掃・除草の
様子です.
休憩する時の彼らの笑顔は
なかなか素敵です.

今年の清掃員も、手抜きせずに清掃・除草していました。
しかし、終わってみると、所々に花を咲かせた雑草が密やかに残って
いました。
花は故意に残したのか、偶然に残ったのか、分かりません。

以前、「オレガ夫」が清掃員に「ここに雑草を可愛がるバカがいる」
と、私のことを嘲笑して話しかけていたことがありました。
しかし、清掃員は「雑草にも命があるし、それを大切に思う人もいる
んですよ」と、「オレガ夫」を諌めるように返答していました。

その時の清掃員は、汚い仕事をしているのですが、内面は品性の高い
人だと思いました。
もしかしたら、彼と同じ思いを持つ清掃員が、こっそりと目立たない
所に雑草の花を残したのかも知れない、と想像しました。

画像画像
 市が清掃する前(左)と、清掃した後(右)の景観です.
 清掃後は、私には美観には見えず、殺風景に見えます.


自然も雑草も、「天」が造ったガーデニングの一部です。
汚い雑草であろうと、生命には敬意を払うべきだと思います。
ただし、自然と人間は共生していますから、衛生上、美観上、問題が
あれば、最小限度に整理しなければならない時はあると思います。

「雑草は汚い、生きている価値はない、抹殺しないと人間に有害だ」
という主張は、2016年7月の相模原の障害者施設で19人を刺殺した
加害者の犯行動機と同質だと思います。

「好きなものだけを生かして、気に入らないものは抹殺する」という
考え方は、人が自然と共生する意識とは乖離しています。

目立たない草花を雑草だと蔑視して、無意味な敵意を向けて、存在を
抹消する行為は、人として大切な何かを無駄に失っているような気が
してなりません。

画像画像
 私は、清掃後(右)よりも、清掃前(左)の路肩景観が好きです.


市の水路清掃担当部署にも、「雑草は全てを除去する」という方針を
考え直して、「自然との共生」の視点で清掃方針を検討されることを
期待しています。

雑草は、完全に除去しても、またすぐに生えてきます。
酷い仕打ちを恨むように、以前よりも醜悪な形で再現してきます。

雑草の存在に敬意を持ち、人と共生する意識を持ち、以前より素敵な
環境になるように整理すれば、雑草は人にとっても良好な形で生まれ
変わってくると思います。

そして、雑草が除去された後に残った土は、紫外線に晒されます。
すると、土中の微生物が死滅し、土は生命を育む力を失って、死んで
しまいます。

死んだ土の一部は粉になり、空中に舞い上がり、人が吸い込みます。
残った土も、土の上で生きる人間に良く影響するとは思えません。

土は、草花にカバーされていれば、土中の微生物は生命力を維持し、
活力のある「気」を周囲に放散し、人に良好な環境を造ります。

画像

完全に除草した後は、
雑草はすぐに生えて
きますが、無秩序な
形で現れます.

市の担当部署が「天が造ったガーデニング」を活かすように、水路を
清掃すれば、路肩に細長い庭園が続く景観ができると思います。
近所のお宅が置いた植木鉢の花と、「天」が植えた雑草とが共存して
花と緑が道端に続く住環境が形成されると思うのです。

草たちの一部が伸び過ぎれば、その時々に整理すれば「路肩庭園」は
季節に応じた景観になります。

画像
多くの人は路肩の雑草の
花は見向きもしませんが、
可憐だと思う人もいます.
こんな花を見て、ムシリ
取りたいと思う気持ちは
理解できません.

しかし、この種の意見は、まだ「変人の戯言」の域を出ません。
この意見に賛同する人は、特にこの地域では、ごく稀だと思います。

市の担当部署も、路肩に草花を残す清掃マニュアルを作成するのは、
大変に面倒だろうと思います。

予算や人手の不足などの理由をもって、「路肩ガーデニング」の企画
も予算も作成しないと思います。
「雑草は全て除去」が楽だし、「従来通り」が問題ないからです。

画像

乾燥した日が続く時は、
ソッと水をあげます.
その行為は、近隣では
蔑視の対象です.

草花に興味のないお宅の多い区域では、路肩は荒れたまま放置されて
います。
しかし、花好きなお宅は、放水路の路肩に、交通に支障のないように
植木鉢を並べて、思い思いにガーデニングしています。

市が「路肩庭園」を作る清掃・除草に、予算や人手不足の理由で企画
できないのであれば、花好きの住民から「路肩庭園」ボランティアを
募集することも一考の価値があると思います。

画像

こうして撮影していると、
背後のどこからか「また
アイツが...」と嘲笑する
ような笑い声がかすかに
聞こえてきます.

私の住む区域では、私だけが拙宅前の路肩に少し手を加えて、小さな
雑草の花が並ぶように、控えめに整理しています。

しかし「オレガ夫婦」は、雑草は全て除去し、土は曝け出すべきだと
思っていますから、私のような「雑草好き」も排除したいようです。
それで、私が道路を占有しているとデマを流し、自治会役員に拙宅の
前で嫌味を叫ばせたり、陰湿なイヤガラセを繰り返します。

もし、市が「路肩庭園」方針で清掃するようになれば、彼らの幼稚な
イヤガラセは、隠れ蓑を失って、少なくなると思います。
そうなれば、雑草も土も、私も、有り難いのです。

画像

雑草がやっとの思いで
咲かせた小さな花にも
宇宙が感じられます.

「人は、自然と共生し、自然に生かされている」という文句は、既に
奇異に受け取られる時代ではありません。
さらに、「自然との共生」方針で、住いの近辺を清掃しても、奇異に
思われないレベルに、社会が成熟することを期待しています。

そうなれば、「天」が植えた雑草を活かす「路肩をガーデニング」は
当たり前の住環境造りの行為になると思います。

170730
□□□□□
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雑観/世相-12-5/5 箱根小旅行5/5-芦ノ湖

2017/07/20 09:45
変人の暮らしと、少々毒のある雑観です.
□□□□□
5月下旬の私の古稀の祝いに女房が企画した、JR東日本のパッケージ
ツアーで、箱根小旅行を楽しみました。
女房の目的の一つは、「芦ノ湖」で「海賊船」に乗船することでした。

画像
湖畔の北方向の景観です.
気持ちのよい風が吹いて
いました.
画面中央の、湖上の鳥居は
箱根神社の鳥居です.

「箱根神社」から湖畔を少し歩き、「元箱根港」から乗船しました。
私は、「芦ノ湖」巡りは嬉しいのですが、「海賊船」には、ほとんど
興味がありませんでした。

乗り場で乗船待ちの列に並んでいると、私の後ろの青年が「海賊船」
のウンチクを彼女に大声で喋っていたので、聞き入りました。

「海賊船」の運航は、箱根観光船(株)の社長が、ディズニーランド(米)
を視察した際に、思いついたのだそうです。
就航する「海賊船」は3種類あって、それぞれイギリス・フランス・
スウェーデンの昔の軍艦をモデルにして造船したのだそうです。

画像画像
(左) 派手な船体装飾を見ると、遊園地にいるような気がしてきます.
(右) 海賊船の船室です. 宝箱は、救命胴衣の収納庫です.


「海賊船」やら「軍艦」やら、物騒な名称ですが、要するに、大人も
楽しめる(?)、子供向けに装飾した観光船なのです。
大変に人気があるようで、乗り場は長蛇の列で混雑していました。

しかし私は、また世間の常識に逆行しますが、「海賊船」を何となく
好きになれないのです。
理由は、「芦ノ湖」の雰囲気に不相応な気がするからです。
もちろん、それは顔には出さず、誰にも言いません。

画像

湖上の空や風の印象が、
いつも見ている日常の
空とは違うような気が
しました.

私は、「芦ノ湖」を最初に見た瞬間、特別な感覚があったのです。
それは何だか分かりませんが、気持ちの良い綺麗な空気が流れてくる
ような、しかし、少しの悲しさが混じった感覚です。
幻想か、ただの思い過ごしなのかも知れませんが...。

しかし、その日の「芦ノ湖」には、私と似たような印象を持つような
人が数人いました。
女房も、ほんの一瞬ですが、「ァ...空の雰囲気が何となく違うね」と
神妙な顔つきで雲の流れを見ていました。

「海賊船」の後部デッキで、ある老夫婦は「今日の芦ノ湖は、どこか
以前と違う気がするね」と、ひっそり話していました。
デッキではしゃぐ幼い女児は、面白い形の雲を見つけたのか、突然に
空を指差して「何? あれ...」と呟いて、またすぐに元の海賊ゴッコに
戻りました。

画像

海賊船から「元箱根」
方面を見た画像です.
右の鳥居は箱根神社の
「第二鳥居」です.

偶然に似たような感覚を持つ人がいたのには、少々驚きました。
しかし、それは「芦ノ湖」に神秘性を感じたということではなくて、
「湖」独特の非日常的な雰囲気に、一瞬、触れたのだと思います。

たしかに「芦ノ湖」の湖畔には「箱根神社」や「九頭龍神社」があり
ますから、龍神が湖の上空を悠然と飛翔していれば素敵でしょう。
しかし、普通の人がそれを目にすることは、あり得ないことです。

ともかく、その時の「芦ノ湖」には気持ちの良い軽い刺激があって、
私には、それが「海賊船」と共存するのが奇異に感じられたのです。

しかし、もし「芦ノ湖」に神様がいるとしたら、神様は「海賊船」を
私のように嫌がらず、大らかな気持ちで眺めて、湖の景観を喜ぶ人を
見て楽しんでいるのかも知れません。
「芦ノ湖」の景色は、そういうイメージも抱かせます。

画像
(註)
高さ131m. 竣工1964年.
「和蝋燭」に見えますが、
設計者の山田守は灯台を
モチーフにして設計した
のだそうです.

「海賊船」だというのに、潮の香りがないことに多少の違和感を持ち、
遊園地風の装飾過多も楽しめず、乗船には消極的でした。
しかし乗ってしまえば、「海賊船」は見えませんから、「芦ノ湖」の
景観だけを楽しむことができます。

そんな時に思い出される名言があります。
「ある建物を見たくなければ、その建物の中に入るしかない」

これは私が九州のある大学で建築を学んでいた時、T.I.先生の建築論の
特別講義で聞いた言葉です。
T.I.先生は、「京都タワー」について、京都の街空間にはそぐわないと
思っていたらしく、感想をその一言で片付けられました。

異論はともかく、私はT.I.先生の言葉を思い出して、「海賊船を見たく
なければ、その船の中に入るしかない」のだと、妙に納得しました。

画像
海賊船「ロワイヤルU号」
です.
こちらに向かって手を振る
人がいましたが、私は手を
振り返す気にはなれません
でした.

「芦ノ湖」は、3100年前(縄文時代晩期)に神山の爆発によってできた
「カルデラ湖」で、水源は湖底からの湧き水です。
奈良時代は「万字が池」、鎌倉時代には「箱根の海」、江戸時代には
「芦の海」と呼ばれ、江戸時代後期に「芦ノ湖」と表記されるように
なったそうです。

奈良時代以前、箱根の村では、若い娘を「芦ノ湖」に棲む九頭龍に、
毎年、人身御供として差し出す習慣があったそうです。
しかし、九頭龍は「箱根神社」を開いた万巻上人に調伏され、地域の
守護神となって「九頭龍神社」に祀られたのだそうです。

村人を苦しめていた怪物とは、大方は、その地域の支配者でしょう。
それを他処から来た侵略者が滅ぼして、誰もが嫌悪する怪物に仕立て
上げたのだと思います。

以前の王を九頭龍だと捏造し、生贄の若い娘を湖底に沈めさせていた
という作話は、何とも酷い所業に思えます。
以前の支配者に酷い仕打ちをしたのであれば、新しい支配者は自分に
祟らないように、祠を建てて祀らなければならないのは当然です。

画像
九頭龍神社の小さな湖上の
鳥居が見えます.
昔は、若い娘を生贄にして
湖底に沈めていたと思うと、
絶景だと賞賛される景色が
不気味にも感じられます.

その「九頭龍神社」には、恋愛運アップのご利益があり、多くの若い
女性が訪れているそうです。
彼女たちは、若い娘を生贄にしていた風習と関連ある神社であること
を理解して、恋愛成就を祈願しているのか、疑問に思いました。

人身御供の風習と恋愛運との関係は、私は解説文を探し当てることが
できなかったので、一般には知られていないような気がします。

もしかしたら、湖底に沈められた娘たちが、自分たちの叶わなかった
恋愛を、現代の女性に託して、助力していると、考えられてるのかも
知れません。
あるいは、九頭龍明神に祀られた古の王は、経緯はどうであれ、噂で
あれ、自分を慕ってくる女性たちに応えているのかも知れません。

現在も、人身御供の娘の代わりに赤飯を湖底に沈める風習が、湖水祭
として残っているそうです。
つまり、以前の王を貶めるための、新しい支配者のひどい作話と所業
による風習が、今に残っているわけです。
もちろん、このイメージも、誰にも言えない、私の妄想です。

「芦ノ湖」に感じた特別な感覚は、気持ちの良い微風のようでしたが、
生贄になった娘たちの悲しい風も混じっているような気がしました。

画像ザ・プリンス箱根本館
 /村野藤吾
 /1978年(昭和53)
「湖畔の景観を護り、
一木一石たりとも変更
しない」を設計方針に
して設計されました.

九頭龍明神は、たまには悪戯心を起こして、「芦ノ湖」の上空を飛び
回って、美しい娘を物色しているのかな...と、「海賊船」のデッキで
湖風を受けながら、不謹慎なイメージを妄想しました。
そうしていると「桃源台港」に近づいたので、船室に戻りました。

船室を見渡すと、若い娘は見当たらず、オバサマの団体が賑やかに、
傍若無人に、談笑していました。
これでは、せっかく悪戯心を起こした九頭龍明神が気の毒です。

画像
「早川」は「芦ノ湖」を
水源とする河川です.
右端の「あじさい橋」の
突き当たりは、箱根登山
鉄道「箱根湯本駅」です.

「桃源台港」に到着しましたが、ロープウェイは休業中です。
満員の振替バスに乗るよりも、「箱根町港」に戻り、「箱根関所」を
見学することにしました。
見学後は、「箱根湯本」行きの登山バスに乗って帰りました。

やはりバスは満員で、この時ばかりは女房も立ちっぱなしでした。
左右に振り回されて25分、「箱根湯本」に下って来ました。

「箱根湯本」商店街と「早川」の縁をそぞろ歩きしましたが、疲れも
あったし、昼間の温泉街は情緒がなくて、早々に引き上げました。

小田急からJRの古い「踊り子」に乗り継ぎ、古稀記念の箱根小旅行を
閉じました。
見どころ、考えどころの多い、女房に感謝の小旅行でした。

170720
□□□□□
下記の画像を加工しています.
(註)「RADIANT」
 http://www.ritsumei.ac.jp/research/radiant/eng/disaster/story6.html/



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雑観/世相-12-4 箱根小旅行4-箱根関所

2017/07/10 12:03
変人の暮らしと、少々毒のある雑観です.
□□□□□
女房が用意してくれた箱根小旅行の話の続々々編です。
「箱根神社」に参拝後、遠回りして「箱根関所」に向かいました。

神社から湖畔を歩いて「元箱根港」に行き、海賊船に乗って芦ノ湖を
北上して「桃源台港」、そして南下して「箱根町港」に着きました。
ずいぶん遠回りしましたが、海賊船に乗って湖風に当たるのが女房の
目的の一つでしたから、彼女は満足したようです。

「箱根関所」は、「箱根町港」から徒歩5分です。
沿道には町家風の店舗が並んで、江戸時代の雰囲気を盛り上げます。
しかし多くの場合、そうした演出は逆の効果を招くものですが...。

画像
(註1)
「箱根の関」は、1619年
から1869年(明治2)まで、
250年間設置されました.
2004年(平成16)に復元さ
れて、一般公開されました.

「箱根関所」は、東海道が山と湖に挟まれた狭い部分に、細長い広場
(64mx13m)があって、そこに設営されています。
関所の中央には幅10m・距離35mの通路があって、それを「大番所」
系と「足軽番所」系の、2建物群が挟むように構成されています。

「箱根関所」は、幕府が設置し、譜代の小田原藩が管理する施設です
から、さぞかし風格ある堅固な構えだろうと想像していました。
しかし実際は、仰々しくなくて、意外と簡素な印象がありました。

画像画像
(左) NHK番組「ブラタモリ」で紹介された(2017年5月13日放送)
 ためか、多くの見学者で賑わっていました.
(右/註2) 動線を湾曲させて、見聞を受けるように誘導する計画です.


高さ6mの黒塗りの門は、たしかに威厳を感じます。
京都方面から来た旅人は「京口御門」前の広場で身支度を整えます。
そこからは、6本の槍が立ちはだかるように展示してあるのが見えて、
その奥に役人が詰める「大番所」が見えます。

出口となる「江戸口御門」が見えないので、自然と「大番所」で改め
を受ける心理状態になるような、閉鎖感があります。
そのような心構えを促すために、街道の「く」の字に曲がる狭い部分
を利用して計画されたのだと思います。

画像
江戸から来た旅人が見る
「江戸口御門」の景観は、
「京口御門」にいく前に
「大番所」で改めを受け
るように促しています.

江戸方面から来た旅人を迎えるのは「江戸口御門」です。
そこからは、出口である「京口御門」が少し見えています。
しかし、「定」を掲げた高札、「大番所」、槍の立ち並びが、動線を
囲むように湾曲しているので、閉鎖感は十分にあります。

関所内の建物は両門より低い平屋ですし、その日は快晴だったせいも
あってか、門を入った時は、さほどの威圧感はありませんでした。
とはいえ、両側の番所から役人が監視していると思うと、気になって
平気で通り抜けできる雰囲気ではありませんでした。

画像
左は大番所、右は足軽
番所、奥は江戸口御門
です.
中央通路の両脇の槍の
展示列が、「関所」の
サインに見えます.

関所破りは意外に少なくて、250年間に5人、全員逮捕だそうです。
関所破りが少ない理由は、関所や藩の取り締まりが非常に厳重だった
から、また、旅人が「定」に恭順だったから、なのかも知れません。

私も、以前は、そのように考えていました。
しかし、実際に関所を見ていると、その先入観が逆転するイメージが
湧いてきました。

画像
右は大番所、奥は厩
と外屋番所です.
士分5名、足軽13名、
近在農民から徴用し
た番人と人見女5名、
が常勤していました.

両番所の前には、槍や刺又、鉄砲や弓などの武器が、旅人を威嚇する
ように立ててあります。
しかし、当時も、鉄砲に火薬がなく、弓には矢がなかったそうです。
つまり、よく見れば、コケ脅しだとバレてしまうのです。

番所内の鴨居の上にも槍が掛けてありますが、これも脅しの小道具と
いうより、武士の空間の背景装飾のような印象がありました。

ハッタリの武器の陳列は、芝居の舞台飾りのように見えますが、それ
でも、関所が機能するのに、十分な効果があったのでしょう。

その理由として、身分制度の社会では、民衆は「お上の御威光」には
畏服して、ちょっと脅せばすぐに従順になる...という通念が、一般に
あるようです。
しかし私は、少し違うような気がします、根拠はありませんが...。

画像
石段を上ると芦ノ湖の船の
往来を監視する「遠見番所」
があります.
絶景だそうですが、私には
関所より辛い所です.

私は、当時は、どの身分階層にも、社会のルールを遵守する意識が、
強要されなくても、当たり前のように浸透していたと思うのです。
それが、結局は自分と社会の安全を保障することを、誰もが承知する
ほど、成熟した社会だったと思います。

つまり、武士も民衆も関所のルールを当然のように遵守しますから、
関所が、城廓のように堅固な施設でなくても、いつも戦闘態勢でなく
ても、「関所」として機能できていたと思うのです。

槍や鉄砲は「関所通過のルール」の遵守を促す「サイン」ですから、
すぐに使用できる状態でなくても良いのです。

画像
役人は月交代で勤務して
いました.
1662年、伊勢参詣者の
多い時は、日平均で百人
以上の旅人が通行したと
いう記録があります.

役人も、いつも神経をピリピリ尖らせて、関所破りを警戒し、旅人を
犯罪予定者のように扱っていた..のではないと思います。
業務を忠実に遂行しつつ、怪しい気配のない旅人には、道中の無事を
想いながら、本人確認を行なっていたと思うのです。

旅人も、関所のルールを遵守していれば、ビクビクすることはなく、
役人の治安維持の業務に理解を示し、協力していたと思います。
その方が、通行許可を難儀せず早く得ることができます。

そして堂々と、しかし武士や役人に遠慮する格好で、つまり浮世絵に
描いてあるように少し腰を低くして、出口に向かったと思います。

「箱根関所」は、250年間も旅人を苦しめてきた...という一般の常識
からは逸脱しますが、私なりのイメージで、私なりの「箱根関所」を
楽しむことができました。

画像
人見女は農民ですので、
役人が見ていますから
手加減はしなかったで
しょうが、旅の女性に
意地悪はしなかったと
思います.

「箱根関所」は、当初は「入鉄炮と出女」を取り締まっていました。
家光の時代以降は、他の関所が「鉄砲改め」を厳重にするので、主に
「出女」を取り締まるようになりました。

幕府にとって、参勤交代で江戸に残る妻は「人質」ですから、謀反の
危険を未然に防ぐために、国許に帰すわけにはいかないのです。

男性は「手形」を持っていなくても、関所はパスできました。
しかし、女性は、大名の奥方が庶民に変装している恐れがあるので、
幕府発行の手形を見せて本人確認を受ける必要がありました。

番所の一角で「人見女(改婆/あらためばばあ)」が女性の身体的特徴を
厳しく確認していました。
美男子も、男装かも知れないので、チェックされていたようです。

画像
江戸口御門です.
出口の門が見えますが、
その間の38mの距離は
とても長く感じられた
と思います.

女性が確認を受けている間、他の旅人は門の外で待機していました。
チェックは、それほど厳しかったのかも知れません。
あるいは、役人が、女性のプライバシーに配慮して、男性旅人を外で
待たせていたのかも知れません。

ブースを用意してそこで確認すれば、通行が渋滞しなくて済みますが、
改めの様子を責任者が視認する必要があるのかも知れません。

「出女」の取り締まりは、人権侵害であるように思われがちですが、
当時は、社会秩序を維持する上で必要な業務だったと思います。
業務とはいえ、女性に気を使って、男性を遠ざけるとは、粋な計らい
だと思いました。

しかし、このイメージは、大方の常識に逆らうことになりますので、女房にも言えません。
私だけで楽しんでおりました。

画像芦ノ湖と富士...この箱根の
景観は、お茶を飲みながら
観ると情緒があります.
この絵の中を海賊船モドキ
が動いていく、チグハグな
場合は、アイスクリームが
似合います.

その日も快晴で暑かったので、「江戸口御門」近くの「御番所茶屋」
で、数年振りにアイスクリームを頂きました。
茶屋の軒下のベンチに並んで腰掛けて、芦ノ湖と富士山を眺めながら、
ペロペロと舐めていました。

高齢夫婦のその様子が面白いのでしょうか、外国の老婦人が私たちに
ニッコリ笑って小さく手を振り、写真を撮っていきました。

170710
□□□□□
下記の画像を加工しています.
(註1)「ウィキペディア」
 https://ja.wikipedia.org/wiki/箱根関
(註2)「Google Earth」



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雑観/世相-12-3 箱根小旅行3-箱根神社

2017/06/29 12:45
変人の暮らしと、少々毒のある雑観です.
□□□□□
古稀の記念に女房が用意してくれた、箱根小旅行を楽しみました。
2日目は、芦ノ湖の「箱根神社」と「箱根関所」を巡りました。

その日はロープウェイが運休しているので、「富士屋ホテル」の傍の
バス停「宮ノ下」から登山バスに乗り、芦ノ湖に向かいました。

画像
(註1)
歩くとシンドイ坂道です.
国道1号線(東海道)です
から、交通量も多いです.

予想通りに満員のバスは、三半規管がおかしくなるほど蛇行しながら、
山間の東海道を上がり、降っていきます。
途中で下車する人がいて、女房は、いつも通り、運よく座れました。

左右に振られ続けて20分、山と谷の景色も見飽きて、平衡感覚が少し
おかしくなった頃、「箱根神社入口」に到着しました。
女房の荷物を同梱した重いバッグを持って降りると、膝頭がワナワナ
笑っていて、ヨロケ気味で「第三鳥居」の手前まで来ました。

画像
(註1)
画面の奥に「第三鳥居」が
あります.
参道(一般道路)の脇にある
小さな祠は、見過ごされて
しまいそうな佇まいです.

「第三鳥居」の手前の、小さな祠(来宮神社と日吉神社)の木陰で休憩
しました。
しかし、息を整えるのが精一杯で、二社に参拝するのを忘れてしまい
ました...これは悔やまれます。

私は、参道は湖上の鳥居から直線状に続くものだと思っていました。
しかし「平和の鳥居」は1952年(昭和27)の建立ですから、この部分
の参道は新設なのかもしれません。

やはり参道は、「第一鳥居」から順に「第四鳥居」まで来て、そこで
右に直角に曲がって階段を上がる動線のようです。
私は、屈曲する参道は気に掛かるので、理由を考えながら進みます。

画像

「第四鳥居」です.
画面の右側からアプローチ
して、ここで直角に曲がり、
急な階段を上っていきます.

「第四鳥居」前の広場に、「矢立の杉」が立っています。
狩衣の美男子のような姿に、しばし見とれてしまいました。

坂上田村麻呂の他、多くの武将がここで戦勝を祈願したそうです。
しかし私は、「矢立の杉」に闘争の印象はなくて、心に決めたことに
迷いが生じた時に祈ると、背中を押してくれる雰囲気を感じました。

画像


「矢立の杉」です.
真っ直ぐに凛として立つ
姿には清涼感があります.

「第四鳥居」から真っ直ぐに、急な階段が上がっていきます。
その途中に、いくつかの摂社があるので、休憩を兼ねて参拝します。
階段の終点の「第五鳥居」を過ぎると「神楽殿」の広場に出ます。

「神楽殿」広場のステージでは、「第五鳥居」を出て「唐門」に至る
動線が直角に折れ曲がっています。
この広場は広いですから、参道を曲げる必要はありません。
別の理由があると思います。

画像
垂直に立つ杉木立ちの
階段空間には、神聖な
空気が感じられます.
垂直感の強い空間は、
聖なる山に近づく演出
効果もあります.

動線と屈曲点を整理すると、
・「第一鳥居」から「第四鳥居」の参道は、緩やかに湾曲した道路.
・「第四鳥居」から「第五鳥居」の階段は、直線.
・「唐門」から本殿までの参道は、直線.

そして、屈曲点は2箇所あります。
・「第四鳥居」ステージ.
 ...この地点での動線の折れ曲りは、山腹に建築群を計画する上では
  必要な造形ですから、特段の理由はないと思います。
・「神楽殿」ステージ.
 ...この屈曲点は、特別の目的があっての造形だと考えられます。

画像

終点に「第五鳥居」が
あります.
手前左は「曽我神社」
です.

「箱根神社」本殿の御祭神は三柱です。
・瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)ー天照大御神の孫、大和朝廷の祖神.
・木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)ー瓊瓊杵尊の奥様.
・彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)ー御子。神武天皇の祖父神.

「箱根神社」は強力なパワースポットであり、昔から戦勝祈願・道中
の安全祈願にご利益があったそうです。
現在も、開運厄除・安産祈願・家内安全など、多くのご利益を授けて
いただけるので、多くの参拝者が訪れます。

画像
(註1)
「神楽殿」前の広場です.
参道を直角に折り曲げる
理由は見当たりません.

私は、御祭神の名やご利益は、さほど気にしません。
神社を訪れた時の、個人的な主な関心事は、次の2点です。

●御祭神...どちらの系統の神族なのか.
 ・「出雲族系」(または「国津神系」)
 ・「日向族系」(または「天孫系」「アマテラス系」「天津神系」)
●主参道...入口から本殿まで直線か、途中に屈曲点があるか.

私は、「神社」が成立する古代以前の、神族の二大勢力の抗争に関心
があります。
抗争の結果が「神社」空間の構成に表出しているように思え、これを
私なりに読み解くことに興味があるのです。

画像

唐門の唐破風と、建物の
左右対称の造りは、強い
空間軸を意識させます.
狛犬が立派でした.

そして、「神社」空間を読み解く上での、必須知識が3点あります。
それらは、古代以前の最先端の科学です.

・「歴史は勝者によって造られる」
 ...同様に、「神社の御祭神も勝者によって挿し替えられたり、移動
  されることがある」ことも重要な知識です.
・「酷い仕打ちを受けた霊魂は必ず祟る」
 ...ですから、貶めたライバルの魂は祀る必要があります.
・「神性は直進する」
 ...魂を神殿から出したくない場合は、動線を屈曲させます.

画像
箱根神社の「拝殿」です.
私は、神社に参拝する時は、
心中で、住所と氏名を名乗り、
「お見知り置きいただければ
幸いです」と挨拶するだけの
場合が多いです.

「箱根神社」の本殿に祀られている御祭神は「日向族系」です。
ここで「第三鳥居」の外の、「来宮(きのみや)神社」と「日吉神社」
を思い起こす必要があります。
私が参拝を忘れた社ですが、御祭神が何方なのかが重要なのです。

「来宮神社」には「大国主」が祀られています。
「大国主」は、「日向族系」神族と対峙して、出雲の稲佐の浜で殺害
された「出雲族」の王で、祟りを恐れて出雲大社に祀られています。

この点には諸説ありますが、勝者の歴史書「記紀」を外して、普通に
推測すれば、敗軍の責任者は処刑されるのが当然です。

「日吉神社」の御祭神は「大山咋神(おおやまくいのかみ)」です。
「大きな山」すなわち「箱根山(神山)」を所有する神です。
そして「須佐之男(すさのお)」の孫ですから、「出雲族」の神です。

画像(註1)
昔は第一鳥居から境内が
始まっていたのかも知れ
ません.
今は「来宮/日吉神社」の
近くまで店舗が並びます.

ところで、「第一鳥居」と「第二鳥居」は一般道路にあります。
神社らしい境内は、「第三鳥居」から一般道路と離れて始まります。
つまり「第三鳥居」が、通常の神社境内の入口にある鳥居なのです。
その外側は、境内の外部であるように構成されているのです。

つまり、「大山咋神」と「大国主」の2社は、境内の外のような所に
配置されているのです。

「箱根山」の主ですから、「箱根神社」では本殿に祀られて当然なの
に、何故、境内外で祀るのでしょうか。
「出雲族」の神を、何故、このように処遇するのでしょうか。

画像
社殿の周りには高い杉が
林立するので、境内空間
には垂直感の強い印象が
あります.
非常に清々しい空間です.

私の推論を申せば、「箱根神社」の主祭神は、最初は「大山咋神」と
「大国主」だったと思います。
本殿の空間軸が、方位に関係なく、「神山」を指しているからです。

以下は私の想像する「箱根神社」に関するイメージです。
古代以前の昔、「出雲族系」神族と「日向族系」神族の長い抗争の後、
勝者となった「日向族系」神族の子孫が大和王権を確立しました。
大和朝廷軍は、箱根を支配すべく、この地にも侵攻します。

そして、「神山」の主、「出雲族」の「大山咋神」を何らかの方法で
殺害し、芦ノ湖に沈めてしまいました。
朝廷軍は、箱根征服の後、「大山咋神」の祟りを怖れて、湖の畔りに
社を建立して祀り、荒ぶる魂を鎮めた、と推測します。

その際、怨念が結界の外に出ないように、道を塞ぐ必要があります。
参道を屈曲は、そのための方策だと思います。

画像

「第五鳥居」から下を
見た景観です.
上りの時より、下りの
時の方が恐怖を感じて、
脚が竦みます.

その後、祟りもなく政情が安定してくると、大和朝廷は「出雲族」の
神々をさらに圧迫します。
怨念を徹底して封じ込めなければ、安心できないからです。

そこで「大山咋神」を本殿から出して、聖地の中心からずっと離れた
低い所、「第三鳥居」のさらに外側に移し換えました。
そして、本殿に「日向族系」の強力な三神を迎えて、祟りの危険性が
残っていルカもしれない魂を、完璧に封じ込めたのだと思います。

坂上田村麻呂が東北遠征の際、この神社を訪れたのは、「出雲族」を
調伏した「日向族系」の神力にあやかるためだったと思います。
後の武将がここで戦勝祈願したのは、それに習ったのだと思います。

画像
「平和の鳥居」(1952
年[昭和27])の参道です.
パワースポットという
より、芦ノ湖が綺麗に
見えるスポットです.

しかし、少なくとも現在は、圧伏された「出雲族」の神々は、かつて
対峙した神族や子孫に、怨念を抱いてはいないと思います。
同様に、人間の都合によって主祭神に祀られた「日向族系」三神も、
他系の神を圧抑する意思は持っていないと思います。

「神」になれば、魂は瑣末なことにこだわらない、と思っています。
酷い仕打ちや不遇な扱いを、遥かに超越して、自分を慕って願い事を
持ってくる人間を、おおらかな気持ちで迎えていると思います。

このように想像して、参道が屈曲して「神山」を所有する神々の社が
辺境にある理由を、自分なりに解釈できたように思いました。

しかし、こういうイメージは、女房には言いません。
妄想に近いイメージですから聴いてもらえませんし、ご利益とパワー
スポットだけに興味のある人には有害ですから。
この種のイメージを公開したのは、このブログが最初です。

画像
「平和の鳥居」を海賊船の
デッキから見た画像です.
朱の線の、青と緑の面との
補色対比は、神域を象徴し
ています.

帰り道に「日吉神社」と「来宮神社」に立ち寄りたかったのですが、
「湖上の鳥居」から湖畔を歩いたので、遠くに見るだけでした。
社の方に向かって「どうかお元気で...」と祈りました。

海賊船が行き来しているのに潮の香りがしない風景に、若干の違和感
を覚えながら、湖畔に沿って「元箱根港」まで歩きました。

女房は「これから海賊船に乗るんだっ」と、ルンルン♫です。
私は彼女ほどの元気はありませんでしたが、湖から流れくる気持ちの
良い風に吹かれていると、疲労感が和らいできました。

画像

「湖上の鳥居」を見ると、
芦ノ湖と箱根山が神聖視
されてきたことがわかり
ます.

振り返って「湖上の鳥居」と「箱根神社」のある山腹を見ると、あの
急な階段を下りる時の恐怖感を思い出します。
階段でフラついて「ア...ヤバイ」と思った時、雀より少し大きな鳥が
目の前を横切って「チチ...」と鳴きました。

それが私には「気をつけて.!」に聞こえて「エッ何だって?」と見ると、
鳥が枝に止まっていて、私と目が合いました(ような気がしました)。
その時、私は我に返って、手摺をしっかり掴むことができました。
先にいた女房は、何も気づかず、ソロソロと降りていました。

画像画像
(左/註2) 画面中央に小さな滝があります.
(右/註3) 庭園の隅にある古井戸です.

その日の朝も、似たようなことがありました。
「富士屋ホテル」で、朝食を終えて部屋に戻る際、途中にある日本式
庭園を散策した時です。

女房が小さな滝を眺めている姿を撮ろうとカメラを構えた時、視野の
左側に、鳥居を構えた古井戸が見えました。
井戸の脇にはイモリが神社の狛犬のようにして、私を見ていました。

私は爬虫類は大嫌いですが、その時は逃げずに彼を見ていました。
イモリは、クリクリした綺麗な目をして「ホラホラ...」と私に注意を
促しているように感じました。

「エッ何?」と思った時、女房が「ホラッ!..後ろの池にコケんなよっ、
コケ(古稀)爺さん...」と叫んだので、際どいところで助かりました。
「女房の美しい立ち姿を撮ろうともしないで、どこ見てんだかねっ」
と余計な文句も言います。
私はイモリに礼を言おうと振り向きましたが、もういませんでした。

170629
□□□□□
下記の画像を加工しています.
(註1)「Google ストリートビュー」
(註2)「富士屋ホテル」
 http://www.fujiyahotel.jp/enjoying/garden/01/index.html
(註3)「リンのブログ」
 https://blogs.yahoo.co.jp/rika_n_213/10369100.html



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雑観/世相-12-2 箱根小旅行2-大涌谷

2017/06/20 10:45
変人の暮らしと、少々毒のある雑観です.
□□□□□
5月下旬、箱根に一泊二日の小旅行に出かけました。
普段はギスギスと軋み音の聞こえる夫婦仲ですが、有り難いことに、
私が古稀を迎える記念に、女房が企画してくれたものです。

初日は、東京駅から特急「踊り子」、小田原駅から登山電車、ケーブ
ルカー、ロープウェイを乗り継いで「大涌谷」を観光し、引き返して
ホテルに向かう計画でした。

観光地の日曜日は、交通が混雑することは覚悟していました。
しかし「踊り子」は、古い電車だからでしょうか、ガラ空きでした。

画像
(註1)
主な駅の標高は
・強羅駅 = 541m
・早雲山駅= 757m
・大涌谷駅=1044m
芦ノ湖の水面標高は
723m.

強羅駅までの登山電車も、乗客のほぼ全員が座れる程度でした。
これは老夫婦でも楽に行けるな...と安心して下車しました。
その途端、時間帯が悪かったのか、ケーブルカーのホームでは異様な
混雑が始まりました。

日本人のほか、英語圏の人、ドイツ語やフランス語で叫ぶ人、中国や
韓国の人、インドらしき人、様々な人種の老若男女が、細長いホーム
でひしめき合っていて、老人には危険な状態でした。

ラッシュ時の埼京線の駅と同様に、駅員も懸命の形相で(どこか慣れた
ような印象もあり)「列の順番を乱してもいいから...空いた所に廻って
ください」とアナウンスしていました。

画像
(註2) 強羅駅です.
その時の混み具合は、この
程度ではありませんでした.
しかし、狭いホームで混み
合っても乗客は冷静でいて、
マナーを遵守していました.

今日は日曜日だし、明日から数日間は、ロープウェイが点検のために
運休するので、その日は特別に混んでいるのかもしれません。
私たちは次の電車に乗るために引き返そうとしましたが、動けません。
「早雲山駅で...」と声を掛けた途端に、逸れてしまいました。

身を任せた大きな波は、ケーブルカーの中にドッとなだれ込み、私は
いつの間にか座席に座っていました。
さすがに古稀を迎えると幸運なことがある...と苦笑いしました。
女房は、後で聞くと、同様に、運よく座って行けたそうです。

画像
(註3)
ケーブルカーの車内は、
床と座席は段々状です.
車体が少し短いのは、
急カーブを曲がり易く
するためです.

その時、私の横顔に柔らかいゴムボールが押し当たりました。
見上げると、細身ながら胸の大きな外国の老婦人でした。
私よりは若い感じで、昔は美人だったと思います。

日本男児たる者ここは席を譲らねば...と気負って「マダム...プリーズ、
ユース、ディス、シート、ビテ...」と、咄嗟に思いついた無茶苦茶な
英語で話しかけました。
末尾の「ビテ」はドイツ語ですから、私は混乱していたようです。
自分の顔が熱くなり、赤面しているのが分かりました。

でも、ゴッタ返す車内では、変な英語に気づく人はいないようだし、
婦人も伴侶と逸れたのか、心細そうでしたが、「サンキュー」を繰り
返し言って座り、少し笑っていました。


画像画像
(註4) スイッチバックする時は、進行方向が逆になりますから、
  運転手と車掌さんは、外に出て小走りで移動し位置を交代します.
(註5) 早雲山駅のホームで一旦降車し、ロープウェイに乗り換えます.


膝と腰の脆弱な私は、電車の揺れに翻弄されました。
急カーブやスイッチバックの地点で写真を撮るつもりでしたが、右に
左に振り回されて、何もできませんでした。

各駅の標識の標高などの数値から換算すると、ケーブルカーの勾配は
10度を超えているようです。

終点の早雲山駅でホームに降り立った時は、ホームもかなり傾斜して
いますので、私は後ろに転がりそうになりました。
その無様な格好を見て、女房は、私がいると気付いたそうです。

画像画像
(左) 早雲山駅のロープウェイ乗場. (右) 上昇していく景観です.


早雲山駅で、階段を上がって、ロープウェイに乗り継ぎます。
乗り場も、騒音と油の匂いと行列の人で混雑していました。
しかし、ゴンドラは15,6人程度に制限されますから、楽に行けます。

眺望が良くて、遠くに富士山が少し見えた時は、思わずカメラを構え
ますが、下の景色を見るとゾゾッとして身動きできなくなります。

車内に硫黄の匂いがしたら使うようにと、紙製のウェットおしぼりが
手渡されましたが、気分が悪くなることはありませんでした。
このゴンドラも、硫化水素の噴煙に燻されると、名物「黒たまご」の
ようになるかも...と、ブラックユーモアを考える余裕がありました。

画像画像
(左) ゴンドラから、索漠とした山肌の向こうに富士山が見えます.
(右) 大涌谷は、風向きのせいか、さほど硫黄臭さは感じませんでした.


その日の「大涌谷」は、よくある写真のような、白煙が多く噴出する
光景ではありませんでした。
地球も生きていれば、休憩もするだろうな...と思いました。

とはいえ、箱根火山の水蒸気爆発と火砕流と山崩れでできた地形は、
異様な迫力があります。
「大涌谷」は、明治初期までは、「地獄谷」や「大地獄」と称されて
いたそうです。

たしかに、崩れた地形と白煙の噴出を見ると、「地獄の谷」です。
しかし空を見ると、逆に、普通の青空とは何かが違って、神聖な空に
見えて、この場所に清々しい雰囲気が感じられるのです。
それは、晴天だからではなく、箱根山の特質のような気がします。

つまり「大涌谷」は、「地獄」ではなく、「地球の生命力」のような
生きるエネルギーを感じさせる「生命の場」だと思うのです。

最初に箱根小旅行を聞いた時は、私は、「大涌谷」は、自分の古稀を
迎える時に訪れるに相応しい場所だと思いました。
清廉に生きることのできなかった私は、地獄に墜ちるのが当然であり、
これを地獄の様相を見ながら再認識しようと思っていたのです。

しかし「大涌谷」に来て、「地獄」ではなく「生命力」を感じるとは、
嬉しい逆転劇でした。
気分を良くして、深呼吸を繰り返しましたが、後で気分が変調気味に
なりました。

画像

(註6)
延命祈願の「黒たまご」は
5個で500円です.

「黒たまご」は、「一個で7年の延命長寿」のセールス文句が好きに
なれないし、硫黄と卵の匂いを想像して食傷気味でしたから、女房も
私も、最初から買って食べるつもりはありませんでした。

売店で「黒たまご」を求める長蛇の列を見ていると、「地獄の谷」で
卵を食べて長寿を願うことが、面白い現象に思えてきました。

他の生物の命である卵を食べることも、自分が生きるためとは言え、
地獄に墜ちる立派な資格になると思います。
なのに、「地獄谷」に来て卵を食べて、長生きしたいと思う貪欲さが、
多少の皮肉を混じえて、何ともたくましく思えたのです。

画像
地球が生きていることを
実感できる光景です.
地獄の恐ろしさよりも、
地球の逞しさが見えて、
何となく嬉しくなります.

「大涌谷」では、火山活動の様を垣間見ることができます。
「生きている地球の生命力」の一端を感じることができるのです。
「生命力」から連想される食物の一つに、卵があります。

ですから、黒い硫化鉄が殻に付着した「黒たまご」は、「生きている
地球」の分身のようなものだと、考えることができます。

とすれば「黒たまご」は、「寿命が延びる」から食するのではなく、
「地球の生命」と同化する気持ちで戴く方が、この地で食べる意味が
あるような気がします。

画像

ロープウェイのゴンドラが
硫黄の白煙に燻されている
ように見える時があります.

「自分の長生き」だけを考えるのではなく、「地球に生かされている」
ことを意識する方が、結局は長生きできるように思うのです。

「黒たまご」も、口に入れてしまえば、地球を考えようと考えまいと、
物理的に栄養学的に、効果は同じです。
しかし「地球の生命」を一瞬でも意識すれば、食することは、自分が
地球の一部となる行為になると思います。

それを繰り返していくうちに、地球と自分の共生する感覚が、人生の
根底に少しずつ定着していくような気がします。
そして、いつか地獄に墜ちた時は、「地球と一緒に豊かに生きてきた
ような気がします」と言って、落ち着いていられるように思います。

画像

帰りのゴンドラの中です.
「大涌谷」を振り返って
見ない人はいません.

この日は、富士屋ホテルで4時の「館内ツアー」に参加する予定でし
たので、3時頃には「宮ノ下駅」に着く必要があります。
よって、芦ノ湖には向かわず、「大涌谷」で引き返します。

女房も、30分間に硫化水素の白煙や「黒たまご」は見飽きたようで、
昼食もパスして、混雑したロープウェイ乗り場に急ぎました。
「帰りも、混んでる箱(ゴンドラ/電車)ね(箱根)」と苦笑しながら...。

170620
□□□□□
下記の画像を加工しています.
(註1)「Google Earth」
(註2)「川崎駅 レイアウト製作日誌」
 http://kq2100.blog110.fc2.com/blog-entry-1202.html
(註3)「sumioSLC57の鉄道情報ブログ」
 https://ameblo.jp/sumioc57/entry-12096174500.html
(註4)「Musashino SnapShot」
 https://plaza.rakuten.co.jp/gekokuro77/diary/200905160000/
(註5)「箱根登山ケーブルカー」早雲山駅
 http://roomp.travel.coocan.jp/webtrip/japan/hakonetozan/cable/cable.html
(註6)「元箱根ルチア」
 https://plaza.rakuten.co.jp/motohakonelucia/diary/201607030000/




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雑観/世相-12-1 箱根小旅行1-富士屋ホテル

2017/06/10 10:45
変人の暮らしと、少々毒のある雑観です.
□□□□□
女房と私は、共に頑固者ですから、日常はさほど意見が合うわけでは
ありません。
しかし、「あの世には金や名誉は持っていけない、持っていけるのは
思い出だけだ」という意見は一致しています。

したがって、貯金よりも、小旅行を楽しみ、食(と酒)を美味しく頂く
ことを優先して暮らしています。
そして、お金を使う部分と、節約する部分とを、夫婦で喧嘩しながら
区分けし、私たちなりのメリハリをつけて生活を楽しんでいます。

画像

(註1) 宮ノ下付近は、富士屋ホテルの開業を機に、外国人向けの
 リゾート地として発展しました.


五月下旬、夫婦で箱根に一泊二日の小旅行に出かけました。
70歳を迎える私のために、女房が企画してくれたものです。

今回は奮発して「箱根・富士屋ホテル」を手配してくれました。
1878年(明治11)創業の、クラシックなリゾートホテルです。
2018年から改修工事が着工され、2020年の春まで休館になるので、
この際、ついでだから宿泊してみようと考えたのかもしれません。

その代わり、東京から小田原までの電車は「スーパービュー踊り子」
ではなくて、古い特急「踊り子」を利用しました。
36年前(1981年)にデビューした、老いた「踊り子」です。

画像(左) 花御殿
 (1936年[昭和11])
 本来は外国人客専用の
 宿泊棟でした.
(右) フォレスト館
 (1960年[昭和35])
 今上天皇が宿泊された
 ことがあります.

小田原駅に11時頃到着し、登山電車、ケーブルカー、ロープウェイを
乗り継いで、白い噴煙の立ち昇る「大涌谷」を観光しました。
名物の「黒たまご」は、「一個で7年の延命長寿」という売り文句が
好きになれないし、長蛇の列に並ぶのもイヤなので、パスしました。

ホテルのある宮ノ下に戻って、「渡邊ベーカリー」のシチューパンで
遅い昼食をとり、3時頃にチェックインしました。
4時からスタートする「館内ツアー」には、充分間に合いました。

「館内"見学"ツアー」と言わないところが、奥ゆかしいです。
上から目線で「見て学んでください」ではなく、「見ていただければ
幸いです」という謙遜したニュアンスを感じるのです。

画像画像

(左) 本館(1891年[明治24])の玄関...回転扉は日本で最古です.
(右) ロビー...かつては写真正面にフロントデスクがありました.


チェックインは女房が手続きしました。
私は少し離れて、ロビーの尾長鶏の彫刻を眺めていました。

厚顔にも女房は、フロントのスタッフに、明日は夫が70歳の誕生日を
迎えるのだと話したようです。
予約は「フォレスト館」の安価なクラスの客室でしたが、スタッフは
5階のセミスイートの客室に変更してくれました。
フロントデスクの粋な計らいに、女房は大満足でした。

画像
このセミスイート室は
質素に見えますが、
建具廻りの細部造作は
非常に丁寧です.

私たちのセミスイートの客室は、サービスだったせいか、割と質素な
インテリアでした。
しかし、部屋は広いし、ベッドは大きく、バスタブはヒノキ造りで、
本当に快適に過ごせました。
最上階ですから、箱根の緑深い山々の眺望を楽しめました。

くつろぐ間もなく、4時の「館内ツアー」に参加すべく、集合場所の
バー「ヴィクトリア」に急ぎました。
そこは、当初はビリヤード室だった、クラシックなバーです。
夜の照明下では、良い雰囲気になることが確実な空間です。

画像
館内ツアーの集合場所の
バーです.
天井装飾はビリヤードを
モチーフにしています.

「館内ツアー」には約40人が参加し、40分ほど施設内を巡りました。
創設者の話、チャップリンやヘレン・ケラーが宿泊した話など、女性
スタッフが透き通った綺麗な声で説明していました。

興味深い話でしたが、私は、夕食後に、飲めない女房を説き伏せて、
バーにカクテルを飲みに行く段取りを密かに考えていました。
結局それは、夕食時のハプニングに動揺して、果たせませんでした。

画像
1930年[昭和5]に竣工した
メイン・ダイニングルーム
「ザ・フジヤ」です.
日光東照宮本殿をモチーフ
にしたインテリアです.

レストラン「ザ・フジヤ」では、格天井の板絵が綺麗でした。
636種以上の高山植物が描かれているそうです。
間近で一枚ずつ鑑賞したいのですが、5.5mの高さにあります。
詳細が見えないのが残念です。

私にはやや装飾過多に見えますが、外国人の宿泊客には好評なのかも
しれません。
ここで朝食の時、外国の女性客はしきりに写真を撮っていました。

画像
鬼の顔は、見様によっては
ユーモラスです.
しかし薄暗い時は、白目が
不気味に見えると思います.

柱の下部には、恐ろしい形相の鬼のような顔が付けられています。
これは三代目社長が、スタッフがサービスを怠っていないか、笑顔や
挨拶を絶やしていないか、厳しく見ている...という意味だそうです。
ユーモアと遊び心のある社長とお見受けしました。

しかし、このホテルのスタッフの接客姿勢は、本当に素敵でした。
彼らの笑顔や気配りは、厳しい教育や監視によって作られるものでは
ないと思います。

義務ではなくて、心から喜んで気配りしているように見えるのです。
ですから、柱のどこか一つでも、彼らのサービスを認めて労うような、
笑顔の鬼の面が設えてあってもいいのに...と思いました。

画像
レストラン、グリル、バー
などのある食堂棟(1930年
[昭和5])の外観です.
左に少し見えるのは本館
(1891年[明治24])です.

このホテルの魅力は、文化財の施設群や立地環境、著名人の宿泊した
歴史にあるのではないと思います。
自信と誇りを持ってサービスするスタッフたち総体の醸し出す空間に
あるような気がします。

そして、その人的環境は逆に施設群や自然環境の存在を活かし、その
効果が来訪者の心を癒すように包み込んでいるように思うのです。
それが、このホテルの大きな魅力だと思います。

誕生日サービスのお礼に褒め上げているのではありません。
スタッフに記念撮影をお願いする時、清掃員と廊下ですれ違う時も、
笑顔とさりげない配慮が、優しい気持ちにさせるのです。
その時には気がつかず、後になってジワーと湧いてくる感覚です。

画像
(註2)
簡素なインテリアですが、
それだけに、繊細な盛り
付けられた料理に気分が
集中します.

バーに行くのを忘れるほど感動したハプニングは、グリル「ウィステ
リア(フジの花の色という意味)」での夕食+誕生祝いでした。
私たちは、客席から少し離れたブースに案内され「ディナー+祝いの
一皿」を戴きました。
フロントデスクから連絡があったのでしょう、嬉しい計らいです。

デザートが終わる頃、スタッフ2人が、何やら白い布を被せた小包を
ソロリソロリと運んできて、テーブルに置きました。
布を取ると、7本のローソクを立てた小さなケーキでした。

画像
スタッフが撮ってくれた写真
です.
小さなケーキですが、大皿と
高坏のような台に載っている
ので、立派に見えました.

スタッフは営業用ではない笑顔で「お誕生日おめでとうございます」
と言って、ローソクにを火を灯します。
生まれて初めてローソクの灯を吹き消す時は、私は柄にもなく目頭が
熱くなり、鼻水も飛び出そうになりました。

スタッフは写真を撮り、ケーキを戴く間にプリントしてくれました。
写真を手に持って、他のテーブルを軽快に廻り避けながら、急ぎ足で
こちらに向かう様子が、福の国からの使者のように見えました。

画像
フォレスト館5階の客室から
北の方角を見た景観です.
山の中腹に「太閤ひょうたん
祭り」のシンボルが見えます.
しかし、それを知らない方が
感傷に浸れると思います.

客室に戻って、女房は長い入浴を始めました。
その間、私は人生の夕暮れを考えながら、ゆっくりと紫色に染まって
いく山並みを眺めていました。
酔いも手伝って...古稀を迎える最高の舞台空間です。

浅はかな我が70年には、慚愧する想いが山ほどあります。
いつもは、それが次々に浮かんできて、気分が落ち込んでいきます。

しかし、優しいハプニングの後に見る、夕暮れの景観は、心底に沈着
したシコリを少しほぐしてくれるような気がしました。
普段は頑固で気の強い女房ですが、今回は粋なプレゼントを用意して
くれたものだと、この時ばかりは感謝しました。

画像
左=花御殿
 (1936年[昭和11])
右=西洋館
 (1906年[明治39])
右奥=フォレスト館
 (1960年[昭和35])

その時、風呂から上がってきた女房が、「オイ、コケ(古稀)爺さん、
いい風呂だぜ、入ってきなよっ」と言います。
途端に、現実に引き戻されました。

明日、古稀の初日は、芦ノ湖の箱根神社を訪ねる予定です。
しかし、明日はケーブルカーが運休するとは知らなかったので、少し
計画変更が必要です。
「古稀からの人生も、そんなもんだろうね」と女房は笑います。

170610
□□□□□
下記の画像を加工しています.
(註1)「Google Map」
(註2)「富士屋ホテル」
 http://www.fujiyahotel.jp/restaurant/victoria/index.html



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暮らし/雑草-14 タチアオイが移動...?

2017/05/30 13:52
変人の暮らしと、少々毒のある雑観です.
□□□□□
昨年の5月下旬、私たちの留守中、拙宅前の道路のフェンスに咲いて
いた「タチアオイ」が、オレガ婦にカマで切り捨てられました。
自治会の道路清掃に隠れた、いつものオレガ夫婦のイヤガラセです。

私は、雨の少ない時は水をあげ、背が伸びて風で倒れそうになる時は
添え木をして支え、赤い花を咲かせるのを見守っていたのです。
自宅前に「タチアオイ」のある近隣の人たちも、同じようにして支え、
「タチアオイ」を見守り、花を愛でていました。

オレガ婦は、拙宅前の「タチアオイ」だけを切り倒して、見せしめの
紐を残して、悦に入っていたのです。

それでも少々の不安があったのか、オレガ婦は「アイツ、文句言いに
来るかな...」と、オレガ夫に相談する声が聞こえてきました。
アイツとは私のことです。
オレガ夫は「みんなでヤッタと言えば大丈夫」と応えていました。

画像

タチアオイが倒れない
ように支えています.
近隣には、同じように
花を楽しむ人もいて、
タチアオイが道に並び
ます.

「地域の親切な親分」を自負するオレガ夫婦ですが、その見え透いた
下品な言動に馴染まない私だけが、彼らには目障りなのです。
そして「雑草にも命がある」と言う私は、異常なのだそうです。

私は、オレガ夫婦と同じ空間には存在したくないので、彼らの陰湿な
イヤガラセに一々反応して付き合う気はありません。
しかし、そのせいで切り取られた「タチアオイ」が可愛そうでした。

フェンスの向こう側にいたので切り取られなかった「タチアオイ」が
一本、寂しそうに残っていましたが、何故かすぐに枯れ始めました。

画像

タチアオイは私たちの
留守中に切り取られ、
紐だけが残されていま
した.
フェンスの向こう側の
タチアオイも間もなく
枯れていきました.

今年の「タチアオイ」は、切り取られた位置には育ちませんでした。
面白いことに、道路を挟んだ拙宅のブロック塀の、真向かいの位置に
芽を出してきたのです。

女房も近隣も、私が塀際に移し植えたと思っているようでした。
しかし私は、切り株を植えたことも、種を蒔いたこともありません。
種が勝手に飛んで移ってきた...としか思えないのです。
これを言えば、さらなる憶測を生みますから、私は黙っていました。

ともあれ、背が伸びてきた「タチアオイ」は、庇の軒先に紐をかけて、
倒れないように支えました。
5月中旬、赤い花を咲かせ出したので、本当に嬉しくなりました。
「綺麗な花を見せてくれてありがとう」と心中で声援を送りました。

画像

拙宅の私のデスクから見た
タチアオイです.
道路の向こう側からタネを
飛ばして移ってきたと思い
ます.

この「タチアオイ」は、拙宅の塀際に立っているので、オレガ夫婦は
切り取らないだろうと、少し安心して眺めていました。

しかし、こうしたことには異常に執念深い夫婦です。
いつかは、何かのドサクサに紛れて切り取ってしまうでしょう。
そして「みんながヤッタ」ことにして隠れ、陰でほくそ笑むでしょう。

画像

拙宅の塀際に移動してきた
タチアオイです.
のびのび育って高さ2.5mを
超えました.

ところが、今年は自治会の道路清掃は取り止めになりました。
中止か廃止なのかは分かりませんが、とにかく今年は、オレガ夫婦は
拙宅前の「タチアオイ」を切り取る大きな機会を失ったのです。

塀際に移ってきた「タチアオイ」は、少なくとも今年は、好きなだけ
花を咲かせて良いチャンスを得たのです。

道路清掃が中止だと知ったオレガ婦は、「カマ持って待ち構えていた
のに...」と、拙宅の横で不満をぶちまけていました。
切る対象が「タチアオイ」なのか、他の草花なのかは言いませんが、
拙宅の塀をアゴで指す様子が見えたので、「タチアオイ」でしょう。

画像

花を楽しむ人もいますが、
この近隣には、元は雑草だ
という理由でこの花を嫌う
人も多くいます.
差別なく楽しむことができ
れば、道端の光景も綺麗に
見えると思うのですが...

今年も、近隣には、紐で支えられた「タチアオイ」が並びます。
例年は、拙宅前の「タチアオイ」だけが切り取られた光景が、寂しく
見えていました。
しかし今は、位置を少し変えて、精一杯に咲いています。

切り取りを自分の仕業にされているとは知らない人も、オレガ夫婦の
いない時は、「タチアオイ」の赤い花を愛でていきます。

そうして、「雑草にも命がある、雑草の命を根絶しないで共存する」
ことへの共感度が少しずつ大きくなるように期待しています。
そうなれば、それは「花の力」です。

170530
□□□□□


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雑観/美術-14 神様がお尻を丸出しで...

2017/05/20 09:45
変人の暮らしと、少々毒のある雑観です.
□□□□□
ローマに旅行する人は、必ずと言っていいほど、バチカン市国の中の
システィーナ礼拝堂を訪れます。
多くの場合、ミケランジェロ(Michelangelo di Lodovico Buonarroti
Simoni/1475-1564)が、1508年から4年をかけて制作した天井画が
お目当てです。

画像画像
(左/註1) システィーナ礼拝堂/1473-81
 /バッチョ・ポンテッリ(Baccio Pontelli/1450-92),
 ジョヴァンニーノ・デ・ドルチ(Giovannino de' Dolci/1435-85)
(右/註2) 現在は内部の撮影は禁止されています.


天井画は「創世記」の中から9場面が描かれています。
この中でも、「アダムの創造」が最も有名です。
神がアダムに手を差し伸べて、エネルギーを注入しようとする時の、
指先が触れ合う瞬間の場面です。

画像
(註3) 身体に命が宿る瞬間の静謐な緊張感が流れる場面です.


私がこの場面を最初に見た時は、不遜ながら、乾燥時に金属性のドア
ノブに手を触れて、指先に静電気が走るショックを思い出しました。
おそらく、アダムも、エネルギーが流入する時は、指先と身体全体に
心地よいショックを感じていたと思います。

14-4 汚れ
画像
(註4) 腰布を描き足してお尻を隠すことはできたと思いますが...


私は、この「アダムの創造」よりも、有名ではありませんが「太陽、
月、植物の創造」の場面の方が好きです。
創造の神が大地を創り、植物を生み、昼と夜、時間と四季を支配する
太陽と月を創り出した場面です。

イカつい顔した神様が、どこからともなく現れ出でて、両手を広げて
「マルッ」と言いつつ(?)指先で円を描くと、太陽と月が誕生します。

「よし」と思った(?)神様は、スーッとどこかへ飛び去っていきます...
お尻丸出しで...。
その姿が、不遜ながら、ユーモラスに見えて、私は好きなのです。

画像(註4)
修復されると、顔や手の
浅黒い肌色と対照的に、
神様のお尻が、より一層
白く輝いて見えるように
なりました.
神様もお尻だけは日焼け
しないからでしょう.

上着は着ていても、何故かズボンを履かず、腰布を前部に掛けている
だけなので、後ろから見ると、お尻が丸見えなのです。

特にお尻に注目しなければ、創造の神の「力」の壮大さ素晴らしさを
賞賛し、感動する場面です。
気にしなくてもよいところですが、一旦お尻が気になると、なかなか
頭から離れなくなります。

しかし「お尻丸出しの神様の後ろ姿」の表現や意味について解説した
資料は、ついに見つけることはできませんでした。

画像

(註5) 裸体であるよりも、
腰布で隠す方が、猥褻に
なるような気がします.
現在はほぼ半数の腰布が
除去されています.

天井画の完成から24年後、ミケランジェロは礼拝堂の正面に「最後の
審判」を描くことになります(1536-41年)。

ミケランジェロは「人間は神に似せて創られた。真に美しいのは裸体
である」という強い信条を持っていました。
ですから、彼はこのフレスコ画の全員を全裸で描きました。

しかし、1555年に就任した教皇は、芸術性よりも裸体や性器の群に
注目したのか、これを猥褻だと断じて破却しようとしました。
そこでダニエレ・ダ・ヴォルテッラ(Daniele da Volterra/1509-66)
が急遽「腰布」を加筆し、絵は壊されずに済みました(1565年)。

画像

(註6)
コンクラーヴェも行われる
神聖な空間ですが、天井や
壁に、こうも裸体が多いと、
少々うんざりします.

「人間は神に似せて創られた」とすれば、神のお尻は、人間のお尻と
同じように見えるはずです。
しかし、ミケランジェロの描いたお尻は、「最後の審判」のように、
筋肉たくましいモノが多いようです。

それに比べると「太陽、月、植物の創造」の場面の神のお尻は、少々
雑に描いているように見えます。
恐れ多くて、神のお尻は直視できない、のでしょうか。
あるいは、神は概念であって実体がないという理由で、少しボカして
描いたのでしょうか。

わざわざ神のお尻を丸出しにした意図は何なのか、神様に失礼ながら、
私は興味津々で眺めていました。
神様にズボンを履いていただくか、丈の長い衣服を着ていただくか、
前を向いていただくかして、ミケランジェロがお尻を描かなければ、
ゲスな悩みを持たずに済んだのです。

お尻丸出しの理由は不明ですが、あの神様の姿は、不遜ながら私には
ユーモラスに見え、またミステリアスでもあり、好きです。

170520
□□□□□
(註1)「wikipedia/システィーナ礼拝堂」
 https://ja.wikipedia.org/wiki/システィーナ礼拝堂
(註2)「Google Map」
(註3)「pinterest.com」
 https://ro.pinterest.com/explore/システィーナ礼拝堂/
(註4)「wikipedia/システィーナ礼拝堂壁画修復」
 https://ja.wikipedia.org/wiki/システィーナ礼拝堂壁画修復
(註5)「wikipedia.org/最後の審判(ミケランジェロ)」
 https://ja.wikipedia.org/wiki/最後の審判_(ミケランジェロ)
(註6)「figaro」
 http://madamefigaro.jp/paris/blog/keiko/51820707.html



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暮らし/日常-29 土足で家に侵入した少年

2017/05/10 10:50
変人の暮らしと、少々毒のある雑観です.
□□□□□
拙宅の近隣にも、高齢の夫婦だけで暮らすお宅が多くなりました。
時々、独立した息子・娘夫婦が孫を連れて遊びに来ています。
彼らの小さな孫が「おじいさん、こんにちは」と挨拶してくれると、
本当に嬉しくなります。

しかし、その中に、私を避ける息子がいます。
例の「オレガ」夫婦の息子です。
彼が私を避ける理由は、彼が小学校の高学年の頃、拙宅に土足で侵入
したことを、私が目撃したからです。

夏の昼下がりの静寂な時間、私一人が家にいて読書していました。
「オレガ」息子が、ゴム草履を履いたまま、庭からソーッと家の中に
無断で上がり込んで来ました。
足音を忍ばせ、畳の上を歩き回り、私の子供の遊ぶボールを発見し、
手に取って持って行こうとしました。

画像

(註1)
この子の親も他人の敷地に
無断で入ることがあります.
モノを盗ったことはないと
思いますが、他家の庭先に
無断で入ることに無頓着な
家庭のようです.

その時、彼は私が家の奥にいることに気づき、「アッ」と小さな声を
出し、ボールをソーッと放し、ソロリソロリとゆっくり後ずさりして
出て行きました。

私は黙って一部始終を見ていただけでした。
畳に着いた土の足跡を掃除しただけです。

その後の彼は、何事もなかったように振舞っていましたが、私だけを
避けるようになったのです。
人知れず後悔して、悩んでいたのかも知れません。
あるいは、「オレガ」夫婦の生き方と同じように、自分に都合の悪い
ヤツを憎らしく思っていたのかも知れません。

画像
(註2)
土足で家に侵入した少年は、
その後、単なる人見知りとは
違う態度で、私を睨みつけて
避けるようになりました.
そして彼の子供も同じ仕草を
するようになりました.

私はその出来事は誰にも話していません。
「オレガ」息子の今後に傷がつくかも知れないと思ったからです。
彼には「誰にも言わないから忘れなさい」と伝えたいのですが、その
機会はありませんでした。

「オレガ」息子が私を避けて嫌う姿勢は、その子供に伝播したようで、
その子も私を嫌って逃げていきます。
事情を知らない「オレガ」は「俺の孫に嫌われるヤツは性根が腐って
るんだよ」と、笑いながら近隣に吹聴していました。
そして「オレガ」は、「オレガ」息子を品行方正だと自慢します。

昔の嫌な出来事を胸に抱えて、辛い思いをしている人は必ずいます。
「オレガ」息子には、この苦々しい経験を肥しにし、思い出の辛さに
寄り添える人として成長していくことを願っています。

170510
□□□□□
以下のサイトの画像を加工しています.
(註1)「住まいの松木」
 http://www.sumainomatsuki.com/2011/09/
(註2)「出会い大学」
 http://deai-daigaku.com/shyness/




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雑観/TV番組-09 親切だろうけと少々迷惑な手差し

2017/04/29 10:55
変人の暮らしと、少々毒のある雑観です.
□□□□□
私はニュース番組を観るのが好きです。
特に、政治的多数にへつらわず、理路整然と正論を述べる、司会者や
解説者のいる番組は、好感を持って観ています。

しかし、解説者の説明している時、司会者がパネルの前に出てきて、
説明部分を「手差し」してくれるのは、私は迷惑に感じています。
「手差し」は、不遜かも知れませんが、私には目障りに映るのです。

画像画像
(左.右/註1) 「手差し」は親切のつもりでしょうけど...


解説パネルの全体を見たり、他の部分をチラ見しながら、説明を視聴
しているのに、「手差し」されると、そこを強制的に注視させられて
いるように感じます。

「手差し」する司会者が、単なる出たがりというわけではなく、特に
親切な性分なのかも知れません。
親切な彼は、解説を正確に効率よく理解するように手助けしていると
思いますが、その手が邪魔なんです。

本を読んでいる時、親切な誰かが側に来て、次に読む行を「指差し」
してくれるのと同じです。
それは、ほとんどの方は迷惑に感じると思います。
次の行を指で差されなくても読めるし、自由に読書したいのです。

画像

(註2)
忌憚のない解説ほど
自由に聴きたいです.

「手差し」を気にせずに解説を聞けばいいのでしょうが、それほどの
集中力はありません。
彼の手がどうしても視野に入るし、彼の視聴者(カメラ)を見る視線も
気になってしまうのです。

悲しい事件を報道している時に、チャカポコと面白おかしい音楽(?)を
聞かされることにも、不愉快を我慢しています。
さらに、解説を自由に視聴する際にも目障りがあると、報道に誇張が
あるのではないかと疑ってしまいます。

「手差し」も「チャカポコBGM」も控えめにした、端正な報道姿勢を
心密かに待望しています。

170429
□□□□□
以下の画像を加工しています.
(註1)「YouTube」
 https://www.youtube.com/watch?v=9mRyP9zlxdM
(註2)「女子アナ&気象予報士」
 http://blog.livedoor.jp/horiemongogo321/archives/2013-02.html?p=2
harakaori_miyaneya_20140923150625


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暮らし/日常-28 安価な茶碗にも「顔」があります

2017/04/19 10:47
変人の暮らしと、少々毒のある雑観です.
□□□□□
拙宅では、食事の後片付け・食器洗いは私の仕事です。
私は、料理は湯を沸かすことしかできないので、後片付けを分担して
いるのです。

別のことを考えながら食器を洗い、皿を落としそうになって、ハッと
我に帰ることがあります。
そして、ついに、私の湯呑茶碗の口を少し欠いてしまいました。

少しでも欠けた茶碗を使うのを女房は非常に嫌います。
気に入っていたし、高価なものではないし、ついでの用もあるので、
新調することにしました。
二人で「大宮そごう」の7階、和食器のコーナーに向かいました。

画像
美濃焼だと思いますが...
同じデザインの飯碗と
湯呑茶碗です.
意外と安価でした.

同じ茶碗でも、「胴」の釉薬の模様が微妙に異なります。
私は茶碗の「顔」を気にするので、釉薬の模様を慎重に選びます。
安価な茶碗でも、それぞれに個性的な「表情」をしているのです。

茶をいただく時は、温かい碗を両手に包んで、しばし「顔」を眺め、
そして「顔」の部分を避けて縁に口をつけます。
妙な癖ですが、昔、祖母から教わった、普段の茶の楽しみ方です。
それは、女房にも気付かれないような、瞬間のこだわりです。

画像画像
(左) この「顔」の景色を見ると、(右/註)海の風景をイメージします.


和食器のコーナーで、いくつか並ぶ同じデザインの茶碗の、それぞれ
個性的な「顔」を眺め比べていました。
私はニタニタしていたのでしょうか...女房が「何してんの?」と怪訝な
様子なので、相性の良さそうな「顔」の茶碗を急いで購入しました。

私が縁を欠いた古い茶碗は、心中で丁寧に礼を伝えて廃棄しました。
新しい茶碗も、安価ですが、「顔」の景色を楽しめます。

画像

器の「顔」は個性的な
小さな「軸」を作り、
動きながら絡み合って
団欒の空間を賑やかに
します.

私は、どの部分も正面であるような、つまり正面のないコップや碗や
皿よりも、「顔」らしき正面のある和食器の方が好きです。
「顔」や正面のある器は、単なるテーブル上の「点」でなく、小さな
「軸」を作って空間秩序に参加しているような気がするからです。

つまり、いくつかの「点」が散在するよりも、小さな「軸」が複雑に
絡み合う方が、団欒の「場」が少し豊かになると思うのです。

170419
□□□□□
(註)「pakutaso」の画像を加工しています.
 https://www.pakutaso.com/20150225044post-5172.html



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雑観/TV番組-08 NHK「旅するユーロ」

2017/04/11 09:50
変人の暮らしと、少々毒のある雑観です.
□□□□□
春分の日とその翌日、毎週欠かさず観ていたTV番組が終了しました。
昨年の10月から半年間続いた、NHKの4番組、「旅するドイツ語・
旅するイタリア語・旅するフランス語・旅するスペイン語」です。

集中力の弱い私は、教養番組は苦手ですから、どうせ最初の数回しか
見ないだろう...と半ば諦め、テキストなしで眺めていました。
しかし、この4番組は、ついに最終回まで見続けてしまいました。

4月から再放送されていますが、それより、続きの方をもっと見たい
と思いました。

画像

画像
(左/註1) ウィーンと近郊の街を歩く「旅するドイツ語」です. 私は
 テキストは購入しませんでしたが、それでも十分に楽しめました.
(右/註2) カフェ・ディグラス(Café Diglas)の内部です.
 私たちも後ろの窓際のテーブルで道往く人を眺めながらコーヒーを
 飲んでいたことがありました. スタッフもこの男性でした.


その理由は、この4番組が、従来のスタジオ収録の「語学番組」とは
かなり趣の異なる内容だったからです。
つまり、視聴者が飽きないように様々に演出して、言い回しや文法を
教え込むのではないのです。

現地の街を歩きながら、庶民の家庭を訪問し、宮殿や教会、カフェや
ビストロを巡りながら、出演者が現地の人と言葉を交わすのです。
ネイティブゲストの指導を受けながら話すフレーズは、流暢ではない
のですが、逆に私には親近感がありました。

画像

画像
(左/註1) 出演者の控えめなジェスチュアが「雅楽」的でした.
(右/註3) イタリアの市民は、人生を楽しむ術を持っています.


スタジオで、文法に注意しながら話す言葉は、頭脳を刺激します。
対して、人の生き様や、伝統文化や街への愛情に触れる時の会話は、
自然に身体に染みていくような気がしました。

その時に覚えたつもりのフレーズは、その都度すぐに忘れていきますが、
その場面の映像は印象に残っています。
似たような情景に会えば、そのフレーズは思い出しやすいでしょう。

画像

画像
(左/註4) ネイティブゲストのさりげないエスコートが素敵でした.
(右/註5) パリの女性の気品は、街の空間が育んでいると思います.


それに、昔の旅行で、見たことのある建物や歩いた街角、コーヒーを
飲んだカフェの映像が出てくると、「あの時は、こう言えばよかった
のか...」と渋い懐かしさが湧き上がってきます。

私は、NHK「旅する○○語」は、会話の学習よりも、海外旅行ガイド
として楽しんだのです。
月曜の23時25分または火曜の24時からの1時間、一人、風呂上がりの
寝酒を飲みながら、時々メモを取りながら、眺めていました。
私にとって、理想的な学習スタイルです。

画像

画像
(左/註6) 市民は、金はなくても「豊かな人生」を楽しんでいます.
(右/註7) 酒好き建築家のネイティブゲストには親近感を持ちました.


そして酔ってくると、息子や近隣人の私への苦言が思い浮かびます。
「贅沢してるとバチ当たるよ...子や孫のために貯金すべきだろ...」
私は「テヤンデー...これが俺の生き様だ」と呟きます。

 あの世には、金も名誉も持って行けないんだ...
 持っていけるのは、自分の「思い出」だけなんだ...
 自分なりの「思い出」作りに、夫婦で海外旅行したんだ...
 金は、子供に遺すより、自分の「思い出」作りに使いたいんだ...
 「思い出」作りは金がなくてもできるけど、たまたま使ったんだ...

そうした言い訳を繰り返し、適当に酔って、「みんな、ありがと」と
呟いて、気持ちよく寝ます。
その時、何故かフと寂しくなって、涙が溢れていることもあります。

私にとって、そうした貴重な「時」に導くTV番組は稀有です。
次のNHK「旅する○○語」は、どんな企画なのか...楽しみです。

170411
□□□□□
以下の画像を加工しています.
(註1)「ebookjapan」
 https://www.ebookjapan.jp/ebj/380480/
(註2)「日々の出来事」
 http://jirokayo.seesaa.net/article/447902064.html
(註3)「Donna Nonnoの成長日記」
 http://nonno-nikki.seesaa.net/upload/detail/image/IMG_2579-thumbnail2.JPG.html
(註4)「ebookjapan」
 https://www.ebookjapan.jp/ebj/380478/volume20160921/
(註5)「skymods on Ttwitter」
 https://mobile.twitter.com/skymods/status/812935357972942848
(註6)「NHK出版」
 https://www.nhk-book.co.jp/pr/text/gogaku.html
(註7)「こうはんの日々」
 http://ameblo.jp/1-1-pi-su/entry-12245854385.html



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暮らし/雑草-13 道端で早春を喜ぶ雑草たち

2017/03/31 10:47
変人の暮らしと、少々毒のある雑観です.
□□□□□
春分の前後から、拙宅前の道端の草たちが花を咲かせ始めました。
その多くは誰にも気付かれず、ひっそりと咲いています。

机の窓から、風に揺れる花たちを眺めていると、花粉症が酷くて外に
出たくない私も、道端の花たちと一緒に、早春を楽しめます。

画像
毎朝「今日も頑張れよ」
と声を掛け、枯れたら
「綺麗な花を有り難う.
ご苦労様」と胸の中で
声を掛けます.
変人ゆえの奇行です.

雑草でも、大きな花となると、時々チラリと見ていく人がいます。
ベビーカーを押して散歩する若い夫婦は「春だね...」「そうね...」と
笑みを浮かべて、見ながら通り過ぎて行きます。

ヨチヨチ歩きの女の子は、水仙をしゃがんで眺め、「綺麗ね」と言い
摘み取ろうとします。
でも、花はフェンスの外に咲いているので、採れませんでした。

母親の「汚いから止めなさいっ」の制止は興醒めでしたが、女の子の
仕草が「早春の妖精」が舞っているように見えてホッコリしました。

画像

直径1cmの花です.
道端にも、こんなに
綺麗な花を見つける
ことができます.

しかし、小さな雑草の花は、誰もその存在に気付かれません。
でも、春の陽の恵みを受けようと、しっかり空を見上げています。
道端で、そうした直径2ミリの花を発見した時は、その健気な容姿に
心打たれます。

何かお手伝いしようと思うのですが、私にできることは、少々の水を
あげることと、日陰にならないように邪魔しないことだけです。

「しっかり春を喜びなさいよ」と念じつつ、写真を撮りました。
道端にしゃがんで撮影していると、例の夫婦の嘲笑する声が聞こえて
きますが、逆に私は、その貧しき心が気の毒に思えてきます。

画像画像
(左) 直径2mmの花です. (右) 近づいて見ても綺麗な花です.


名を知らないその小さな花は、翌日は見当たりませんでした。
しかし、花は咲いていなくても、どこかで生きているはずです。
近くの他の草たちと見分けができなくなったのでしょう。

雑草の、大きな花も、小さな花も、同じように早春を喜んでいます。
その懸命に生きようとする姿は美しいです。
しかし、その花の咲く時間は短く、一瞬に近い出会いになります。

画像

見事な花を咲かせた水仙
ですが、やがては誰かが
「この汚い雑草は...」と
言いつつ、むしり取って
しまいます.

草花が、早春を喜ぶ瞬間も、ある季節と向き合う瞬間も、偶然に人と
出会う瞬間も、「一期一会」だと思います。
つまり草花は、毎年「同じ動き」を単に繰り返しているのではなく、
異なる「瞬間と場」に生きていると思うのです。

ですから、雑草が花を咲かせて早春を喜ぶ、命の輝く瞬間に出会えた
ことは、幸運だと思います。

その瞬間を、女房や近隣の人たちが目を向けてくれれば、少なくとも
その分だけは素敵な早春を喜ぶことができるのに...と思います。
私だけが、その瞬間を楽しむのは、もったいないです。

170331
□□□□□


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雑観/美術-13-2/2 フラ・アンジェリコ「受胎告知」-2/2

2017/03/21 10:07
雑観/美術-13-2/2 フラ・アンジェリコ「受胎告知」-2/2
*****
変人の暮らしと、少々毒のある雑観です.
□□□□□
サン・マルコ修道院の「受胎告知」は、2階の廊下の、階段を上った
先の壁面にあります。

円光と天使の翼以外に、神性の象徴のない舞台で、マリアと天使が、
両手を胸に合わせて、互いに見つめ合っています。
日常空間に神と人が出会って「受胎告知」する瞬間です。
「受胎告知」は、多くの画家が繰り返し描く有名なテーマなのです。

そんな重要な絵を、なぜ狭い廊下の、暗い階段を上った正面に描いた
のか、フラ・アンジェリコの意図が理解できませんでした。
正面から絵の全体は見えないし、絵を見ていて他の人に接触すると、
階段を転げ落ちる危険性のある位置にあるのですから。

画像

暗い階段を上がる時に、
「受胎告知」が真正面に
輝いて見えます.
絵に見とれながら階段を
上がると、人にぶつかり
そうな位置にあります.

暗い階段の先の上方に、「受胎告知」が輝いて見えます。
階段を上がりながら、自分が「受胎告知」の舞台の中に引き込まれて
いくような気がしてきます。

「受胎告知」の場面は、一点透視図法で描かれています。
一点透視の焦点は、マリアと天使を結ぶ視線に直交して、奥の廊下の
小窓付近にあるように見えます。

つまり、「受胎告知」に上昇する階段の空間は、「受胎告知」の一点
透視の焦点に収斂していくのです。
ですから、絵の中に吸い込まれていくような感覚があるのです。

この暗い階段は、人の意識を、現実空間から異次元の「受胎告知」の
舞台に投射する装置であるのです。

画像

一点透視の焦点の小窓は、
舞台空間の奥行きが深い
ように意識させます.

絵画は「正面に立って、静的に鑑賞するもの」とは限らないのです。
移動しながら、鑑賞するアプローチもあるのです。
危険性はありますが、全く回避できないほどではないようです。

フラ・アンジェリコは、階段を上がりながら、「受胎告知」の空間に
入り込む効果を期待して、この場所を選んで描いたのだと思います。

ために、階段を上がる人は、神と人が出会った瞬間の場面に立ち会う
ことができるのだと思います。

画像
(註02)
階段は絵に集中して上昇
するので、自分が「受胎
告知」の場に迎えられて
いくような気がします.

この「受胎告知」の絵は、「透視図法を駆使して合理的な空間を設定
している」と、多くの解説で説明されています。

しかし、人物と建物を比べて見ると、幾何学的な遠近関係を無視して
人物が非常に大きく描かれているのが判ります。
マリアは、立ち上がると、テラスの外にスムースには出られません。

最初は違和感なく見ていましたが、落ち着いて観ると、スケール感が
正常ではないことに気がつくのです。
「合理的な空間が設定されている」とは思えないのです。

画像

階段を上がって絵の前に
立つと、神と人が出会う
奇跡の舞台の登場人物に
なるような気がします.

もし、透視図法やスケール感が、写真のように正常に描いてあれば、
世俗性や日常性が勝って、「受胎告知」という奇跡の場の感覚表現が
希薄になると思います。

人の眼はカメラのレンズとは違いますから、非日常的な感動の場面に
直面した時は、空間は誇張され歪んで見えるのが自然です。

だとすれば、「受胎告知」の空間とは、何気ない日常に起きた一瞬の
「奇跡の空間」ですから、そこに登場するマリアと天使は、存在感を
強調した表現になるのは自然です。

さらにイメージすれば、このスケールアウトした絵を違和感なく観て
いる、ということは、絵の中の舞台空間のスケールに同化した状態で
あると思えてくるのです。
つまり、この絵を受け容れる人は「受胎告知」の現場にいて、奇跡を
目の当たりにしているのです。

フラ・アンジェリコは、そのような絵画と階段の造る一瞬の「奇跡の
空間」を製作したのだと思うのです。
荒唐無稽のイメージなのかも知れませんが、暗い階段の途中で、少し
立ち止まって観ていた印象を反芻すると、そのように思われます。

画像
(註03)
異端とされた書物を焼却
している様子です.
(15世紀の絵画)
サヴォナローラが多くの
美術などを焼いた事件も、
この絵に似たような状況
だったかも知れません.

フラ・アンジェリコがサン・マルコ修道院の二階廊下に「受胎告知」
を描いてから40年後の、1482年、ジロラモ・サヴォナローラがその
修道院に赴任します。

彼は、反メディチ家の市民に熱狂的に迎えられ、贅沢や虚栄の排除を
主張しました。
そして、フィレンツェの美術品、書籍、化粧品などを、シニョリーア
広場に集めて焼却しました(「虚栄の焼却」1497年)。

そんな時期に「受胎告知」が無事だったのは奇跡だと思います。
もしかしたら、フレスコ画だから壁から剥がすのが大変だったのかも
知れません。
あるいは、サヴォナローラが、「奇跡の空間」を造るこの絵の価値を
認めていたから、なのかも知れません。

170321
□□□□□
(註01)「remove」の画像を加工しています.
 http://remove.jugem.jp/?eid=223
(註02)「クレヨン画・ガラス絵・美術展・ヨーロッパの旅」の画像を加工しています.
 http://blogs.yahoo.co.jp/yasumu2002/folder/477384.html?m=lc&p=4
(註03)「wikipedia」の画像を加工しています.
 http://en.wikipedia.org/wiki/List_of_book-burning_incidents



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雑観/美術-13-1 フラ・アンジェリコ「受胎告知」-1

2017/03/10 11:50
変人の暮らしと、少々毒のある雑観です.
□□□□□
フィレンツェの中心の「ドゥオモ」から北方向に600mほど歩くと、
「サン・マルコ修道院」があります。

ここにフラ・アンジェリコの「受胎告知」が展示されています。
私が観たのは20数年も前のことですが、その時の印象は今でも鮮明に
残っています。

画像画像
(左)サン・マルコ修道院(美術館)二階の僧房から見た中庭です.
(右)中庭の一角にもフラ・アンジェリコのフレスコ画があります.


「受胎告知」のフレスコ画は、2階の僧房の廊下、階段正面の壁面に
描かれています。
フラ・アンジェリコと愛称される画僧、グイード・ディ・ピエトロ
(Guido di Pietro/1395-1455)の、48歳(1443年)頃の描画です。

フラ・アンジェリコ(Fra Angelico)とは、「天使のような修道士」と
いう意味です。
彼は、祈りながら絵筆を取り、時に涙を流しながら描いていました。
ベアト・アンジェリコ(Beato Angelico)「天使のような幸福なる者」
とも呼ばれています。

画像

僧房に上がる階段の先に
「受胎告知」があります.

「受胎告知」は、天使が少女の住む家に訪れて受胎を告げるという、
新約聖書のエピソード、超常現象の舞台を表現した絵画です。
その現象の絵画表現には、繰り返し描かれるうちに、様々な約束事が
形成されていきました。

しかし、フラ・アンジェリコがここで描いた「受胎告知」には、この
テーマの伝統的な約束事が描き込まれていません。
神、精霊を意味する鳩、書物、白百合が描かれていないのです。
天使も、命令的に告知しているような仕草ではありません。
「受胎告知」の舞台構成が、簡素化されているのです。

画像

天使の背後の、左側の
窓からくる光が天上の
光のように見えます.

彼は何故、構成を単純化して「受胎告知」を描いたのか、その理由が
いくつか説明されています
・修道院内の、瞑想の生活になじむような構成にするため.
・フレスコ画だから、漆喰が乾く前に早く描くため.
・遠近法や暗の効果を高めるため.
・深い精神性を醸成するため.

ナルホドとは思うものの、まだ、釈然としない消化不良が残ります。
私には、故意に、聖なる象徴を最小限に描いて、世俗的な人間空間に
近い舞台を用意しているような気がするのです。
いつものように、些細な思い違いなのかも知れませんが...。

画像
(註)
円光と翼の他には神性の
象徴はありません.
しかし、神と人の出会う
空間の、静謐な雰囲気が
感じられます.

この「受胎告知」では、マリアも天使も、両手を胸に合わせて言葉を
交わさず、互いに眼を見つめ合うだけの場面が描かれています。
そこには言葉も小道具もありませんが、互いにすべてを理解し合えて
いるような雰囲気が感じられます。

そして、仮に円光と天使の翼が描かれていなかったら、単なる訪問の
挨拶の場面に見えるのかというと、そうでもないのです。
神性の象徴がなくても、この空間には、日常的ではない、穏やかで、
静かな、質素だけども品の高い雰囲気が感じられます。

すると、この舞台は、日常の人の空間が、ある時にフッと、非日常の
神聖な空間が重なってきた場面であるように思われてきます。
そして、現実の空間に、突然に「神と人の出会い」が実現することが
あり得るように思えてくるのです。

つまり、フラ・アンジェリコは「受胎を告知する」場面だけを描いた
のではないと思うのです。
「教会堂内部だけでなく、人が普通に暮らす日常空間にも、神と人の
出会う瞬間がある」ことも、示唆しているような気がするのです。

170310
□□□□□
(註)「wikipedia」の画像に加筆しています.
 https://ja.wikipedia.org/wiki/フラ・アンジェリコ



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暮らし/健康-10 レーザーで白内障の目玉焼き

2017/03/03 09:50
変人の暮らしと、少々毒のある雑観です.
□□□□□
昨年の暮れになって、右目の翳みがひどくなりました。
視野に白濁した部分が出て、視力も落ちてきたのです。

私は、5年前に白内障の手術を受け、以降は、無事に視力も回復し、
両眼とも良好な状態に戻って、快適に過ごしていました。

ですから、今度の目の症状は、白内障とは違う別の病気を発症して、
それが目に現れてきたのかもしれないと心配しました。
内科系の病気なのか、または泌尿器系の病気なのか、心当たりはない
ものの、次第に落ち着かなくなりました。

画像

診療明細の一部です.
「後発白内障」は白内障の
手術後に、水晶体の後側が
混濁する症状です.
治療が必要なほどの症状に
なる人は1〜2%だそうです.

ついにパソコンの画面が見づらくなったので、女房に相談しました。
彼女は内科医院でパートで働いているので、医療については私よりも
詳しいのです。

「この不良老人が...どこで遊んでんだかね...私が働いている時に...」
女房は、冗談で脅しているのか、泌尿器系の病気だと言いました。
最近、性病の疑いのある患者が来院したらしく、「流行っているから
気をつけなさいよ」と揶揄して笑っていました。

私は、潔白を証明するためにも、まず、白内障の手術を受けた眼科を
受診しました。

診断結果は、私の右目は、また白内障でした。
白内障は、5年前の手術で完治したと思い込んでいたのですが...。
私の眼には人工のレンズが入っているのですが、今回は、その周りに
白濁点が発生した「後発白内障」なのだそうです。

医師は「すぐ手術しましょうか...」と軽く言いました。
5分間程度で簡単に済む、日帰り手術なのだそうです。
レーザー光線でいくつかの白濁点を焼いて消すのだそうです。
泌尿器系の病気でないことが判明して安堵しましたが、また手術...。
5年前の手術を思い出して怖くなり、身体が硬直してきます。

画像
(註1)
眼科医院の待合室です.
患者は高齢者が多くて、
ここでは私は「若者」の
部類にはいります.

「(こころの)準備が...」と言いかけたら、「4,5千円で済みますよ」と
私の胸の内と財布の中を見透かしたように、医師は軽く言いました。
ここで逃げたら男の恥だと覚悟して、「では...お願いしましょう」と
冷静を装って応えました。

待合室で待機していると、自分でも情けないほどに、落ち着きがなく
なっていきます。
「レーザーで目を焼くのか...」と何度も考えていたら、看護婦さんが
来て麻酔薬を点眼してくれました。

「とうとう目を焼くのか...」と恐怖心が頂点に達して、「目玉焼きは
痛いですかね...」と、不覚にも失礼なお尋ねをしてしまいました。
彼女は少し笑って「怖くありませんよ」と優しく諭しましたが、また
さらに気分は落ち込んでいきます。

画像
(註2)
「YAGレーザー装置」です.
「後発白内障」の治療に
使用される機械です.

手術コーナーまでどのように歩いたか覚えていませんが、暗い室内の
レーザー装置のそばで医師が待っていました。
暗闇にボーと浮かぶ白衣を見ると、ゾクッとして足がすくみました。

医師は、私が瞬きしないように、直径2cmほどの筒を右目に当てて、
機械を操作しました。
カチャの音がするたびに赤い光が見えて消えますが、これがレーザー
光線なのでしょう...初めて真正面から見ました。

瞬きを防ぐための筒の圧迫感はありますが、麻酔が効いているので、
目玉焼きの痛さは感じませんでした。
数時間のような5分間ほどの手術は、そうして終わりました。

画像
手術後の目の炎症を防ぐ
点眼薬を10日間ほど使い
ました.
名の通り、粘り気の強い
薬ですから、滴を落とす
タイミングが難しいです.

おかげさまで、右目の翳みはなくなり、視界がクリアになりました。
女房は「だから、早く行けばよかったのよ」と言います。

たしかにそうなんですが、「病院」と聞いただけで怖気付いてしまう
私の性質は、老いてもなお強くなるばかりです。
「手術」の二文字が思い浮かべて、私は平常心を失ってしまいます。

女房に「度胸なし...」と謗られながら、熱燗で一人酒しつつ、小泉元
総理が優勝した貴乃花への賛辞を借りて「恐怖に耐えてよく頑張った、
感動した!」と心中で自分を賞賛しました。

170303
□□□□□
以下の画像を加工しています.
(註1)「大宮はまだ眼科」
 http://www.omiya-hamada.com/facility
(註2)「米倉眼科」
 http://www.yonekuraganka.jp/inspection/yag.html



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雑観/スポーツ-07 フィギュアスケートの「演技」

2017/02/21 11:53
変人の暮らしと、少々毒のある雑観です.
□□□□□
女性からのバッシングを覚悟で申せば、私は、フィギュアスケートは
どうしても好きにはなれません。
「それは若くてスタイルの良い美男美女に対する老人の嫉妬だ」と、
羽生結弦ファンの女房は言います。

しかし私は、スケーターの誰某を嫌いだと、いうのではありません。
男女を問わず、「演技」が好きになれないのです。

スケーターが、下から上目遣いで睨みつけたり、悲しい顔で悲壮感を
漂わせるなど、過度な自己陶酔は見るに堪えないのです。
試技を終えて「僕は苦しみに負けずに頑張ったよ...」とハァハァ喘ぐ
辛そうな様子も、同情を誘い媚びているようで、見たくないのです。

画像

(註1)
歌舞伎役者のような
「決めポーズ」には、
自分が気恥ずかしく
なって目のやり場に
困ってしまいます.

精一杯頑張ったのであれば、息遣いが少々乱れても、悔いが残っても、
表情には爽やかな印象が感じられます。
気の毒なほどの悲壮感を残していくスケーターが多い中、稀にいる、
そうしたスケーターを見ると、嬉しくなります。

意味不明な悲壮感や怒りも自己陶酔も「演技」の一部でしょう。
しかし、それが老若の女性には「胸キュン」でも、私の如き変人には、
悪く言えば、その媚びた「計算高さ」に興醒めします。

画像
(註2)
老若の女性には喜ばれる
「演技」でしょうけど...
私には薄気味悪く見える
「睨み」です.

フィギュアスケート競技では、「技術」だけでなく「表現・印象」も
評価されるので、「演技」は重要な試技要素なのかもしれません。
だから「フィギュア」と称しているのかもしれません。

しかし、嫌味や滑稽を感じるほどに「演技」しなければ、「技術」が
高く評価されないのであれば、競技自体に疑問が持たれます。

今のところ、芝居っ気のないフィギュアスケートを観覧できるのは、
練習風景しかないのかもしれません。
練習風景は採点されないので、「演技」しないからです。

画像
(註2) 日本人スケーターには、彼らの表情に似たような「演技」を
 見せたがる人が多いような気がします.


私は、フィギュアスケートの「演技」を見るたびに、映画「Shall We
ダンス」の竹中直人たちの演技を連想します。
「上目遣いで睨みつける」顔が似ているからです。

彼の演技が重なると、失礼ながら、フィギュアスケートの「演技」も
滑稽に見えてきます。
しかし、そうした見方をする自分に嫌気がさして、失笑します。

「カッコいい王子様に嫉妬している」と笑われても、TV画面から目を
外らすしかありません。

170221
□□□□□
以下のサイトの画像を加工しています.
(註1)「naverまとめ」
 https://matome.naver.jp/odai/2139227198319259201
(註2)「ガールズちゃんねる」
 http://girlschannel.net/topics/554726/
(註3)「ディノスシネマズ」
 http://cinema.sugai-dinos.jp/pc/blog/detail.php?id=9670



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