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異端の建築再読

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異端の建築再読
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既成概念にとらわれないで自由に発想した建築空間イメージを紹介しています.
他から与えられた枠内に閉じこもる安堵感と引き換えに大切な何かを手放していることの多い時勢へのささやかな抵抗のつもりです.

ホームページにもお立ち寄りください.
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も不定期に掲載しています.
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暮らし/日常-36 遠慮せずに雪カキすれば...?

2018/02/20 15:45
変人の暮らしと、少々毒のある雑観です.
□□□□□
1月22日は、私の住む地域でも、昼から降雪が続きました。
翌23日の朝は、20cmほどの積雪がありました。

その日は火曜日、ゴミの日です。
朝7時の時点では、ゴミの集積所には、普段より少ない2,3の袋しか
出してありませんでした。
道路に雪が積もっていて歩きにくいので、ゴミ出しが少ないのです。
実際、誰かが転んだ後が数箇所もありました。

ゴミ出しは多くは女性だし、高齢者もいるので危険です。
「これは何とかしなくては...」思いました。
道路には誰もいなかったので、私は急いでハンテンを着て、物置から
長靴とスコップを取り出し、一人で雪カキを始めました。

誰かに見られると、それが「オレガ」夫婦に伝わり、「アイツ、ええ
カッコしやがってぇ」と、イジイジと陰湿なイヤガラセを始めるので、
気持ち悪いし面倒だからです。

画像

23日の朝9時前の道路の
写真です.
雪カキを終え、「オレガ」
が騒いで、隣人がいなく
なった後の状況です.

私は腰痛持ちですから、自分にできる範囲で、ワダチの跡を歩けるよ
うに雪カキして、すぐに終わるつもりでした。
しかし、拙宅付近を雪カキすれば、他のゴミ出し動線も気になって、
とうとう、かなり長い距離を雪カキしてしまいました。

終わる頃、「オレガ」夫婦の子分的な人に見られてしまいました。
ちょうど足腰が痛くなってきた時なので、そこで止めて帰りました。

その時に、数名の隣人が出てきて、通勤通学のために自宅の玄関前を
雪カキを始めて、少々賑やかになってきました。
すると、何かと騒ぎが好きな「オレガ」も慌てて出てきました。

私が自室で半裸になって汗を拭いていた時、「オレガ」は私が雪カキ
したことを知ると、急に興奮して大声で隣人に叫び出しました。
私と彼は、外壁一枚を隔てた距離にいるので、よく聞こえます。

画像

23日12時頃の写真です.
かなり溶けてきましたが、
朝と夜は路面が凍結して
滑りやすくなりました.
日陰の雪は一週間ほどは
溶けませんでした.

「道路側の人は雪カキするのは当然だがね、オレは奥だから雪カキは
ヤンねーよ」と叫んでいました。
「親分のオレガ雪カキしないのだから、お前たちも止めろよ」という
意味です。
普段は私のことを「アイツ」と呼んでいますが、今回は「道路側の人」
と言っていました。

彼は、近所の人がゴミ出しに行く道を歩けるように、私が雪カキした
ことが気にくわないようです。

何らかの奉仕らしい作業をすれば、誰彼なく「オレガ...オレガ...」と
言って「ありがとうございます」の言葉をおねだりし、その後「俺は
ミンナから感謝されとる...」と、私に自慢する人です。
今回はそれができなくなって、面目を保てないと思ったのでしょう。

「オレガ」親分の意向を察した隣人たちは、静かに姿を消しました。
何とも...奇妙な雰囲気の漂う地域です。

画像


泥雪がついたスコップと
長靴を天日干しした写真
です.
数日前に購入しておいて
良かったです.

なかなか雪が溶けず、同様な朝の光景が、一週間近く続きました。
近隣には、「オレガ」の子分にならず、しかしイヤガラセの対象から
外れた男性もいます。
ある朝は、その男性と二人で、溶けない日陰の雪を片付けました。

雪カキが一段落して二人が帰宅した後、すぐに「オレガ」が現れて、
「放っとけば雪は溶けるんだよ...まったく余計なことしやがって」と
大声で独り言を呟いていました。

しかし、「オレガ」は日陰の自分の家の積雪がやはり邪魔になるので
しょう...片付け始めました。
しかし少量ですから、すぐに終わりました。

その日、午後の日差しを受けて、積雪は少なくなりました。
「オレガ」は表道路に出て、腰をトントン叩きながら、近隣人たちに
「足腰が痛えや...」と笑顔で話しかけていました。
「自分が雪カキした」と発言しないところは、サスガです。

隣人たちは「お陰様で...」と礼を言い、中には贈り物を差し出す人も
いました。
後日、「オレガ」は勝ち誇ったような笑顔を私に向けて、嬉しそうな
満悦した様子でした。
呆れつつ、これで当分は平穏な日が続きそうだと思いました。

180220
□□□□□

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雑観/世相-20 空港と飛行機での雑観-5

2018/02/10 10:47
変人の暮らしと、少々毒のある雑観です.
□□□□□
■■ 飛行機の走る足音 ■■

滑走路は、アスファルトコンクリートで舗装されています。
滑走路には、大型機がタッチダウンする時は、時速200kmで250tの
荷重が掛かります。
ですから、舗装は非常に硬く、厚さは2〜3mもあるそうです。

滑走路の中央には「滑走路中心標識」がマークされています。
自動車の道路のセンターラインを大きくしたようなもので、幅90cm、
長さ30mの白線が、30m間隔でペイントされています。
基本は白色ですが、積雪寒冷地の空港では、雪とコントラストさせて
見やすくするために、黄色の線が塗布されています。

そして、視界不良時や夜間に、パイロットが滑走路のセンターを認識
できるように、「滑走路中心標識」(白線)の外側に「滑走路中心線灯」
(直径30m程度のライト)が、30mか15mの間隔で埋設されています。

画像画像
(左/註1) 関西国際空港の新滑走路. 「滑走路中心標識」です.
(右/註2) 富士山静岡空港の滑走路. 「滑走路中心線灯」です.


この埋込型灯器は、滑走路面から1.5〜2cmほど突出しています。
これを滑走路に埋め込むと、飛行機は着陸体勢時は地面に3°の角度で
侵入するので、パイロットがこれを視認しづらくなるからです。

この「滑走路中心線灯」は、飛行機が踏んだ程度で壊れるようなこと
はありませんが、走行する時に前輪で踏むと「ゴトンゴトン」という
音と振動が機内の客席まで伝わってきます。(註3)

ですからパイロットは、離着陸の際、乗客の快適性のために、前脚の
2本のタイヤで「滑走路中心線灯」を挟むか、タイヤから少し外して、
音や振動が出ないように操作しているのだそうです。

画像
(註4)
山口宇部空港の滑走路.
中央部が「滑走路中心
標識」と、その外側に
15m間隔で埋設された
「滑走路中心線灯」です.

しかし私は、せっかくのパイロットの配慮なれど「ゴトンゴトン」の
音と振動は好きです。
「滑走路中心線灯」を前輪で踏みながら走行するパイロットは、操縦
技術が習熟していないのだ、というコメントは多いようですが、私に
とっては、これが搭乗の際の楽しみの一つなのです。

誘導路のタキシング時は「トン...トン...」と、ゆっくり聞こえます。
離陸する時、次第に早くなって「トッ..トッ..」ー「トットットッ」ー
「トトトトト..」、そして音と振動がなくなると浮上しています。

画像画像
(左/註5) 前輪でライトを踏む音は、棒高跳び選手の助走の足音に似て
 いるように思います. 徐々に早足になり加速していきます.
(右/註6) 早足で十分に加速して急上昇します.


つまり私は、飛行機のこの足音を、棒高跳びのアスリートが助走する
時の足音にイメージしているのです。

飛行機が加速すると、前輪がライトを踏んでいく音と振動の間隔は、
当然、次第に狭くなっていきます。
それが、棒高跳びの選手が、加速して助走する様子をイメージさせる
のです。

飛行機の離陸は競技ではありませんから、失敗は許されません。
確実に飛び上がるために、必死の形相で走る様子が思い浮かびます。
そしてフワリと浮かんで上昇していく時、懸命に走った飛行機が妙に
いじらしくなって「頑張ったね、ありがとう」を言いたくなります。

ほんの40秒ほどの時間ですが、心地よい緊張感のある素敵なドラマを
観劇したような気がするのです。

画像
パリC.D.G空港で見た
「Airbus A320」です.
主翼の両端部に小さな翼
(ウィングチップ/翼端の
空気抵抗を減らす)の形に
特徴があります.

着陸時も、運良く習熟度の低い(?)パイロットが操縦する場合であれば、
「滑走路中心線灯」を踏んで走行する音が聞こえます。

「ドスン」とタッチダウンして「トトトトト...」の速い足音、次第に
音の間隔が広くなって、飛行機は歩くように「トン..トン..」の調子で
目標のスポットに向かいます。

降機してボーディング・ブリッジを歩く時、飛行機を振り返り見て、
綺麗な助走と踏み切り、スムースなジャンプ、見事な着地に感謝して
心中で「快適でした、ありがとう」を念じます。

こうした非科学的な妄想は、恥ずかしくて、なかなか人に言えるもの
ではありません。
独り密かに楽しむのが順当ですが、心身ともに耐用年限が切れそうな
気配を感じる昨今、機会あれば小出しにしていこうと思っています。

180210
□□□□□
下記のサイトの画像を加工しています.
(註1)「関空新滑走路を歩く」
 https://4travel.jp/travelogue/10134448
(註2)「白いツバサ@cocolog」
 http://wing.cocolog-nifty.com/wing/2009/02/28-8213.html
(註3)「youtube」に、離着陸時に滑走路中心線灯を前輪で踏んで走行
 する音を聞き取れる動画があります.
https://youtu.be/T-hr234ph60ー離陸/0:29頃
https://youtu.be/0jkRhIMZAZoー離陸/4:00頃
https://youtu.be/59ymnKUi49Aー着陸/1:50頃
https://youtu.be/G6hPaYblCccー着陸/0:47頃
https://youtu.be/uDemtEfKoCwー離陸/7:30頃, 着陸/32:33頃
(註4)「流浪オヤジの探検日記」
 http://blog.goo.ne.jp/esper-hk/e/1795b364c41104f9680c03cd5066a1a6
(註5)「gooニュース」
 https://news.goo.ne.jp/picture/fieldandtrack/pg-20130429-08.html
(註6)「東京大学基金」
 http://utf.u-tokyo.ac.jp/sports-result/23.html




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雑観/世相-19 空港と飛行機での雑観-4

2018/01/30 12:50
変人の暮らしと、少々毒のある雑観です.
□□□□□
■■ ドスンと着陸するのは... ■■

私の娘婿はタイへの出張が多くて、よく飛行機を利用しています。
彼が言うには「最近の飛行機はドッスンと着陸するのが多いんです。
タイ便には未熟なパイロットが多いんでしょうかね...」

そこで私は、知ったかぶりして「ドスン着陸」を説明しました。
・・・・・
「フワリ着陸」だと、横風を受けて機体がフラつくことがあるし、
滑走路面が濡れていると車輪が浮いて(ハイドロプレーニング現象)、
ブレーキが利かなくなる危険性がある。

しっかり接地する方が機体が安定するし安全だから、腕のいい機長は
わざと「ドスン着陸」しているのだ。
逆に「フワリ着陸」するのは、経験の少ない機長なんだ。
・・・・・
得意げに説明しましたが、娘婿は素直に納得して、「さすがに...よく
知ってますね」、と私を持ち上げます。
私はいい気分になって、不覚にも深酒してしまいました。

画像画像

(註1) 私は、離陸よりも、着陸の時の方が緊張感が高まります.
 乗客と燃料等を含めて約390tの重量を地上に降ろすわけです.
 着陸後はいつも、航空工学や操縦技術に感銘を受けています.


翌日、二日酔いで軋む頭を抱えていると、酒席での「ドスン着陸」の
説明はあれでよかったのか...次第に心配になってきました。
それで、ネットを使って調べました。

パイロットは、快適性と安全性の両方を満足すべく努力しています。
ですから、滑走路が長くて天候が良い場合は、快適に「フワリ着陸」
するそうです。
良い条件でなければ、安全性を優先して「ドスン着陸」するそうです。

ですから、「フワリ着陸」と「ドスン着陸」は、パイロットの技術の
巧拙に関係しないのだそうです。
つまり、私が娘婿に説明したのは、内容が不十分だったのです。
ただし、好条件が揃っているのに、「ドスン着陸」しかできないので
あれば、習熟したパイロットとはいえないようです。

画像

(註2)
滑走路が、快適性よりも
安全性を優先すべき状況
の時に、敢えて「ドスン
着陸」しているそうです.

「フワリ着陸」は、乗客に快適でも、飛行にはデメリットがあります。
・早いスピードが必要ために、長い距離を走ることになり、滑走路を
 オーバーランする危険が高くなります。
・主輪が跳ね返って機体が浮き上がって、再び飛行状態になる(バルー
 ニング)可能性があります。
・滑走路面と機体に挟まれた空気がクッションになって、失速に近い
 速度で滑走路上を不安定に漂う状態になり、危険度が増します。
・オートブレーキの作動が遅れる可能性があります。

安全性確保のために、そのようなデメリットを回避するため、敢えて
「ドスン着陸」しているのです。
・着陸スピードが遅いし、接地抵抗が高くなるので、滑走距離が少し
 短かくて済みます。
・着陸の衝撃で車輪のサスペンションが縮んだ瞬間に、機体が「地上
 モード」に自動的に切り替わり、オートブレーキが作動します。

画像画像

(左/註3) B747-400には、5本の脚に直径120cm、幅50cm、重量
 120kgのタイヤが18個使用され、約390tの機体を支えています.
(右/註2) タイヤは、擦り減った部分を除去し、再度ゴムを貼り付けて
 再利用されます.


タイヤは、着陸するまでは上空の-50℃ほどの低温の中にあります。
それが、着陸時は、時速約250kmですから、接地した瞬間は、路面と
の摩擦熱が200℃以上になり、タイヤのゴムが蒸発してパッと白煙が
上がります。

そして、静止状態から急激に時速250kmで回り出し、その直後に時速
10kmまで一気にブレーキをかけられます。

タイヤは、着陸の衝撃でパンクすることはないそうですが、想像以上
に過酷な使用環境です。
さすがに、1日に6,7回の着陸を繰り返すタイヤは、一か月半ほどで
交換されるそうです。

娘婿に説明した「ドスン着陸」を修正するために少し調べただけで、
さらに詳しい雑学知識を得ることができました。
また機会があれば、共通話題の僅少な娘婿と、飛行機の話をツナギに
して酒を飲み交し、もう少し近しい関係になりたいと思っています。

170130
□□□□□
下記のサイトの画像を加工しています.
(註1)「JA8094's 航空機 Diary」
 http://ja8094.jp/blog-entry-508.html
(註2)「おくたま経済新聞」
 http://otakei.otakuma.net/archives/2013082202.html
(註3)「雑学ネタ帳」
 http://zatsuneta.com/archives/003316.html



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雑観/世相-18 空港と飛行機での雑観-3

2018/01/20 10:45
変人の暮らしと、少々毒のある雑観です.
□□□□□
■■ スチュワーデス ■■

「スチュワーデス」は、かつては若い女性の憧れの職業でした。
別の意味で、多くの男性にとっても憧れの対象でした。

個人的には、金髪に似合いそうな真赤なスーツのオーストリア航空、
異国情緒を感じるスーツのエミレーツ航空、華奢なデザインの制服の
シンガポール航空の「スチュワーデス」が好きです。
...それは、どうでもいいことですが...。

「スチュワーデス/Stewardess」の呼称は、本来は「ブタ小屋の女性
管理人」という意味である、という解説が多数あります。
「Stig=豚小屋」と「Weard=番人」の合成語だそうです。

たしかに、意味不明な言語で喋り、時々奇声をあげる様子は、ブタが
「ブヒ、ブヒ...」と言っているように聞こえるかも知れません。
「スチュワーデス」たちが機内食を配膳する様子は、「エサやり」に
見えるかも知れません。

画像(註1) 一見すると華やかな
職種に見えますが、大変な
労力を伴う仕事です.
この仕事は「ブタ小屋の女
番人」の「エサやり」には
見えません.

そう見れば、乗客は「ブタ小屋のブタ」であるわけです。
しかし、それは、かなり侮蔑的であり自嘲的な見方です。

ですから、アメリカでは1980年頃から「スチュワーデス」に代わり
「フライトアテンダント/Flight Attendant」や「キャビンクルー/
Cabin Crew」を使うようになったそうです。

日本航空では、1998年に「スチュワーデス」に代わって「キャビン
アテンダント/Cabin Attendant(和製英語)」と言うようになりました。

ところで、「スチュワーデス」は「ブタ小屋の女性管理人」を語源と
していないという説もあります。

「Weard=管理人」は同じですが、「Stig」は「豚小屋」ではなくて
「家」の意味だという説です。(註2)
つまり「スチュワーデス」は、「(特に食卓に関する)女性の執事」と
いう立派な職業の呼称なのです。

しかし「Stig」が「Sty=豚小屋」に近いので、「スチュワーデス」は
「ブタ小屋の女性管理人」...これが通説になったというのです。

画像
オーストリア航空のCAの
サービスの様子です.
高齢の金髪CAは、片言の
ドイツ語にも親切に対応
してくれました.

どちらが真説なのかは判りません。
心情としては、CAの名誉のために、後者の説を採りたいと思います。
しかし、ヨーロッパの航空機内で金髪の美人CAが、乗客が眠っている
側の通路をドスドス...とガニ股で急ぎ歩く姿を見た時は、私は「ブタ
小屋の女性管理人」を思い起こしました。

CAは、最近は、女性の憧れの職業ではなくなってきたようです。
ステータスが低下した理由は、だいたい以下のようです。
・かなり体力を使うし精神的にもシンドイ.
・職場が女の厳しい縦社会の密室(機内).
・クルーは宇宙線(放射線)を多く浴びる.

特に宇宙線については「クルーの被曝量は放射線職業人の3〜4倍」
であり、皮膚ガン、乳ガン、白血病の発症率が高いという調査結果が
報告されています。

アメリカの運輸省は「Aircrewの放射線被爆の知識」に関する情報を
公開しています。
日本では、その被曝量の影響に関する具体的な調査結果がないので、
航空会社は何も対策していないようです。

画像

オーストリア航空には
フライング・シェフが
同乗していて、配膳は
非常に丁寧でした.

それでも、CAを理想の女性とする男性は多いようです。
美形だし、気配りができるし、英語ができるし、頭もいいし...。

でも、そういう理由でCAを理想化することは、「自分に都合の良い
女性」とみているような気がします。(私もそうでしたが...)

やはり、心が折れることもある辛さがあっても、ただ飛行機が好きな
ために、笑顔で職務に就く、そういうCAの心意気を讃えたいです。

見栄や損得に固執しない仕事っぷりは、見てて気持ちがいいです。
自然に「ありがとうございます」が出てきます。
その時は「ブタ小屋の女性管理人」のイメージは微塵もありません。

170120
□□□□□
下記のサイトの画像を加工しています.
(註1)「youtube/大韓航空の機内食」
 https://www.youtube.com/watch?v=J8bwHLzGAbs
(註2)「Bosworth-Toller Anglo-Saxon Dictionary」
 http://bosworth.ff.cuni.cz/028981



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雑観/世相-17 空港と飛行機での雑観-2

2018/01/09 11:45
変人の暮らしと、少々毒のある雑観です.
□□□□□
■■ 壊れやすいものは...? ■■

私は、酒は何でも好きです。
量を必要とせず、酒癖も悪くありません。(...と思います)

ただし、気持ちよく酔うと、たま〜に人を揶揄いたくなります。
不快な悪戯や意地悪ではなく、真面目な人に軽いジョークを言って、
ほんの少し困惑した笑顔を見たくなるのです。

画像

(註1) 画像は2011年に
オープンした店ですが、
友人と飲んだ時もこの
ような感じの飛行機の
見える店でした.

10数年前、唐津での用を済ませて埼玉に帰る際、福岡空港で再会した
友人と、ターミナルビルのレストラン(2F)で酒を飲みました。
搭乗手続きのリミット直近まで、たくさん話をして気持ちよく酔って、
ビルの入口(1F)まで一緒に戻り、そこで別れました。
(その後ろ姿が、私が生前の友人を見た最後になりました)

友人は地下鉄の駅(BF)に向かい、私はチェックインカウンター(1F)に
急ぎました。
美形の女性職員は、私は酔っているので、余計に美形に見えました。
手荷物を預ける時、彼女は「壊れやすいモノは、ありませんか?」と
訊いてきます。

すると急に、例の妙な酒癖がムズムズと湧いてきました。
「壊れやすいのは..."私の心"です」
酔っていたせいか、柄にもなくキザな言葉を吐いてしまいました。

画像
(註2) 女性職員の笑顔の
親切な対応には感謝して
います.
たまに、軽いジョークを
言ってみたくなるのは、
強い女性への憧れと甘え
でしょうか...

美形職員が困った笑顔を見せる瞬間を、楽しみに待っていました。
しかし、彼女は少しも動揺せず、アッサリと「ハイ...次の方」。
私の酔ったニヤケ顔を無視して、肩越しに、後ろの客を呼びました。

彼女の反応は、私の幼稚な揶揄い心を、あっけなく粉砕しました。
久々に、女性に振られた感情に近い感覚を味わいました。

空港職員は、私のような酔客には慣れているのかも知れません。
神経を使う仕事を日々忙しく処理していると、次第に気丈夫になり、
鼻の頭の赤い酔っぱらい爺さんの意味不明なジョークには、イチイチ
構っていられないのでしょう。

私は意気消沈して、保安検査場(2F)に急ぎながら、恥ずかしさで胸が
いっぱいになりました。
妙な酒癖の誘惑に負け、美形職員の動じない姿勢に負けて、いじけて
しまいました。
「壊れやすいのは..."私の心"です」は、そこで現実化したのです。

180109
□□□□□
下記のサイトの画像を加工しています.
(註1)「no second life」
 https://www.ttcbn.net/no_second_life/archives/57920
(註2) 「ピアノと飛行機」
 https://pianotohikouki.com/fukuoka-airport/firstclass/jgc/check-in



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雑観/世相-16 空港と飛行機での雑観-1

2017/12/21 09:55
変人の暮らしと、少々毒のある雑観です.
□□□□□
■■ グッバイ・ウェーブ ■■

飛行機を好きな人は、老若男女問わず、多いようです。
私も、好きだった亡K叔父の影響で、飛行機が好きです。
K叔父は、戦中は零戦に乗っていて、戦後はパイロットの教官でした。
私は幼い頃は、飛行機の話を聴くのが楽しみでした。

私はK叔父に憧れて、パイロットになるのが子供の頃の夢でしたが、
夢は叶わず、別の分野に進んでしまいました。

しかし、気分が妙に落ち着かない時は、ジャズや映画音楽を聴くほか、
You-Yubeで飛行機のエンジン音を聞いています。
変かも知れませんが、それで気持ちが和んでくるのは、心の何処かに
飛行機を操縦する夢の欠片が残っているのかもしれません。

画像
(註1)
「しっかり整備したので
安全な空の旅を楽しんで
ください」と手を振って
いるように見えます.

私が飛行機に搭乗する時の楽しみの一つにしているのが、「グッバイ
・ウェーブ/Good-Bye Wave」を見ることです。
飛行機がブッシュバックを終えて、タキシングを始める時、作業服を
着た整備士たちが、ずっと手を振って見送ってくれるのです。

「グッバイ・ウェーブ」を、営業用のパフォーマンスとみる人もいる
かも知れません。
しかし多くの方は、彼らの「あなたの空の旅が、素敵なひと時であり
ますように...」という想いを、しっかり感じ取っていると思います。

私も後者の方で、窓外にこれを見た時は、勝手に胸を熱くしています。
旅行の時は気分が高揚し、悲しい思いを抱えている時は慰められます。

画像

(註2)
安全確保のために作業は
続行しますが、少しでも
手の空いた人は整列して
手を振っています.

「グッバイ・ウェーブ」の起源については、いくつかの説があります。
・整備士がパイロットに手を振って「異常なし」を合図した.
・飛行機の窓から手を振る乗客を見た整備士が手を振って応えた.

中でも有力な説は、1973年頃の沖縄空港で、ANAの整備士が始めた
見送りの手振り(グッバイ・ウェーブ)です。
単行本「 空の上で本当にあった心温まる物語」の他、多くのサイトで
紹介されています。

以来、「グッバイ・ウェーブ」の話は広がって、規定やマニュアルは
なくても、ANAやJALの就航する空港では実行しているそうです。
海外では、仁川、金浦、ロスの空港で行われているようです。

画像画像画像
(註3) -20℃の中で、空港職員と雪だるまが手を振っています.


私は「グッバイ・ウェーブ」を見るために、座席は窓際を選びます。
窓際の席がない時は、諦めて中央の島の通路側を選び、タキシングが
始まったら「グッバイ・ウェーブ」を想像しています。

運よく窓際の座席を確保できて「グッバイ・ウェーブ」が見えた時は、
「ありがとう...行ってきます」の気持ちで、周囲の視線を気にして、
控えめに手を振り返します。

画像


(註4)
単に手を振るだけでなく、
笑顔で見送っています.

控えめに手を振る理由は、しっかり手を振り返して恥ずかしい思いを
した過去があるからです。
少し離れた座席の二人連れのオバ様たちに見られたのです。
「見えやしないのに...それに爺さんが手を振っても絵にならないね、
ククク...若い娘ならいいけどね...」と笑っていたのを憶えています。

その通りです...オバ様たち、言い得て妙です。
そして私の気持ちは、羽田から福岡までの2時間、曇っていました。

それでも「ありがとう...行ってきます」の想いを伝えたいので、今も
人に気づかれないように、ちょっとだけ手を振り返しています。
嬉しい気持ちになれるのです。

171221
□□□□□
下記のサイトの画像を加工しています.
(註1)「Nikon」
 http://www.nikon-image.com/enjoy/life/familyphoto/technique23.html
(註2)「imgrum」
 http://www.imgrum.org/tag/グッバイウェーブ
(註3)「青い滑走路」
 http://www.waypoints.blue/entry/jal566_mmbhnd
(註4)「Let's begin!」
 https://ameblo.jp/mmato2001/theme4-10079304004.html


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暮らし/日常-35 お線香の香りは好き?...嫌い?

2017/12/10 10:55
変人の暮らしと、少々毒のある雑観です.
□□□□□
私は、お線香の静かな印象のある香りが好きです。
しかし女房は、どんなお線香も大嫌いです。
ですから、毎朝夕に仏壇に焼香する私と、女房はよく衝突します。

仏壇は私の部屋に置いていて、女房が留守の時にお線香をあげます。
しかし彼女は、機嫌が悪いと、お線香の残り香に敏感に反応します。

最近、たまには香りを変えようと、いつもと違うお線香を焚いたら、
それが微香性でなかったために、女房は爆発しました。

物凄い形相で私を睨み、自室に閉じこもってしまいました。
おそらく、この数週間は、私を避けるようになり、極端に少ない必要
最小限の言葉でもインギンな調子になります。

女房は、生家の父親や親戚の仏様には、普通にお線香をあげます。
しかし、その時だけ、息を詰めて我慢している風には見えません。
それに、年に2回は墓参して、焼香する私の近くにいますから、私の
仏様や親を嫌っている風でもなさそうです。

訊けば「大嫌いなものは大嫌い」と答えるだけです。
なぜ、拙宅のお線香を極端に嫌うのか、今でもよく解りません。

画像
(左) いつも使っていた
微香性のお線香.
(右) 香りを変えようと
思って購入したお線香
ですが、これが香りの
強いお線香でした.

お線香は、古代インド(漠然とBC.6c[古代国家形成]〜AD.6c[グプタ
朝])で発祥し、16c後半、その製法が中国に伝わったそうです。
日本には、14c頃(室町時代)に伝播し、17c後半頃に国内生産され、
一般に広まっていったようです。

お線香には、白檀や伽羅などの香料を練りこんで、アロマテラピーと
医療を目的として製造されました。
安価なお線香には、杉の葉の粉末が使われています。

私が使うお線香は、高価ではありませんが、女房に気を使って、煙が
少なく、微香性のものを選んでいます。

たまに間違えて、普通の線香をあげた時に、女房は爆発するのです。
私は鈍感ですから、少し時間が過ぎてから気が付き、慌てて消します
が、もう遅いのです。
残り香が私の部屋に染み付いて、それが家中に漏れ出るのです。

画像
(註1)
上野の国立科学博物館に
展示してある「線香時計」
です.
新吉原(浅草寺の裏辺り)で
使用されていたそうです.

なぜ、女房が拙宅のお線香を嫌うのか、理由は解りません。
ですから最近は、前世に理由を求めるようになりました。

お線香は、長さが数種あり、燃焼時間も様々です。
一般家庭で使われるお線香は、長さが14cm、約25分で燃焼します。
その燃焼時間は、庶民が時計を持てない昔は、時計代りに利用されて
いたそうです。

江戸時代では、芸者や遊女の料金を、お線香を焚いて時間を計って、
その本数で勘定していたようです。
一本で料金が幾ら...ですから、若旦那は「今日は三本でお願いします」
などと言っていたそうです。

ちなみに、「一本立ち」という言葉は、芸者がお線香一本分の時間は
客を飽きさせない、つまり「一人前になった」という意味です。

画像
(註2)
遊郭の主人が終了時刻を
知らせに来た場面なので
しょうか...
「もう若旦那っ...時間で
すよっ」と言っているの
かも知れません.

また、遊女が嫌いな客を迎えた時は、こっそりとお線香を折り、少し
短くして、時間短縮を図っていたそうです。

もしかすると、女房と私は、前世で、遊女と若旦那として、どこかで
会っていたのかも知れません。
そして、私がイヤーな客だから、遊女(女房)は「お線香は、いっその
こと、無ければいいのに...」と思ったのかも知れません。

そう思えば、女房が、私の炊くお線香が大嫌いなことが、納得できる
ような気がします。
私の前世がイヤーな若旦那でもいいですから、そう思うようにして、
少々気を楽にしています。

171210
□□□□□
以下のサイトの画像を加工しています.
(註1)「rino-diary」
 http://rokada.exblog.jp/17783488/
(註2)「ユカリノ」
 https://yukarino.jp/articles/1333925

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雑観/TV番組-11 外国の街を走る車のCM

2017/12/01 09:47
変人の暮らしと、少々毒のある雑観です.
□□□□□
街の中を走る日本車のCMは、海外のロケ地が多いように思います。
最近は国内ロケも増えているようですが、新車のCMは、まだ海外の
ロケ地の映像が多いように思います。

画像画像
(註01) リスボンの坂道を走る日本車です. 坂道の走行性の良さを
 アピールしているようです.
(註02) 伝統的景観、狭い道路、舞妓さんに優しい車のようです.


私は、日本車を日本人向けに宣伝するのであれば、日本の街や自然の
中を走る姿を見せる方が、印象が良いような気がします。
ただし、京都、舞妓さん、富士山などの常套的な場面を使う場合は、
陳腐にならないようなセンスが特に必要だと思います。

画像画像
(註03) 外国の車よりも、デザインや機動性が優れているから、外国の
 男性が乗っているのだ、と言っているようです.
(註04) 外国人コンプレックスではないとは思いますが...


それはともかく、日本車のCMでは、何故、外国の街を走り、髭面の
外国人男性がニタニタ笑いながら運転する場面が多いのでしょうか。
私は以前から密かに疑問を持っていました。

頭髪だけを外国人風に色を塗る、老人には気色の悪いお洒落が今だに
流行っています。
その風潮があるということは、外国の街や人にむやみに憧れる日本人
特有の劣等感意識が潜在しているのかも知れません。

外国人に憧れる意識を刺激すると、一般視聴者は、車の性能の高さを
想像し、購買意欲を掻き立てられると、CM製作者は考えているので
しょうか。
私は、そうした自虐風なイメージは、寂しい気がします。

画像
(註05)
さりげなく外国の街を
見せて、ずっと以前に
1人旅行した時の高揚
した気分を思い出させ
るCMもあります.

しかし最近は、「外国人コンプレックス」の印象の強いCMよりも、
紙一重の差ですが、「トキメキ感」を演出した品の良いCMも増えて
きたような気がします。

そんなCMには、外国の知らない街を歩く時の、少し不安の混じった
高揚した情感が感じられるのです。

画像

(註06)
夢の中のような非日常的な
空間を走るCMを見ると、
気分は高揚します.

もし、逆に、日頃見慣れた日本の身近な風景や人々を登場させると、
車の購買予定者は、高揚感よりも、日常生活の感覚を意識して、車を
冷静に観察するかも知れません。
そうなると倹約意識が強くなって、購買意欲は減退すると思います。

そうであれば、国内ロケ地でCMを収録する場合は、視聴者の意識を
日常の空間から分離しなければならないでしょう。
ですから、山や海などの、街から離れた場所での、非日常的な体験を
イメージさせる場面の撮影が多いように思います。

画像
(註07)
自動ブレーキは便利ですが、
誤作動して追突される事故も
発生しているようです.

また最近は、「憧れ感」や「トキメキ感」を演出するよりも、「アイ
サイト」や「ツーリングアシスト」などの、技術の紹介に重点を置く
CMが多区なったような気がします。

それなら、CMのロケ地を海外に求める必要はなく、むしろ、渋滞が
頻発しやすく、歩行者の多い日本の街の方が、技術の紹介には都合が
良いと思います。

画像画像
(左右/註08) ロケ地は、コペル市(スロベニア)のティト広場です.
 青い服のダンサーたちが凝集して車に変貌していきます.


TVで日本車のCMを見る場合、私は、CMの表現イメージを3種類に
分けて楽しんでいます。

・海外のロケ地...陳腐な「憧れ感」を持たせている.
・海外のロケ地...「トキメキ感」をイメージさせている.
・日本のロケ地...「セーフティドライブ」の技術を紹介している.

画像画像
(註09) 声高に叫ばないCMは、気持ちが和み、好感が持てます.
(註10) 思春期の娘の成長を見守る親父の優しい愛情と車のCMです.


私は車は買えませんから、車のCMにはほぼ無関心です。
しかし、幻想的なイメージを喚起させたり、物語り性のあるCMや、
自分の昔の一場面を想起させるCMは、思わず見入ってしまいます。

味のある洗練されたCMは、単なるCMを超えた、深い余韻の残る短編
映画と同じだと思います。
しかし、見応えの強いCMばかりだと、疲れてしまいます。
玉石混淆の方が、強弱のリズムがあって、いいのかも知れません。

171201
□□□□□
以下の画像を加工しています.
(註01)「YouTube」
 https://www.youtube.com/watch?v=_CL-njR2Lis
(註02)「youtube」
 https://www.youtube.com/watch?v=1-4GmHAyHSY
(註03)「Pinterest」
 https://in.pinterest.com/pin/336221928406319494/
(註04)「NVVERまとめ」
 https://matome.naver.jp/odai/2140713391766314501
(註05)「CM WOW!」
 http://cmwow.blog104.fc2.com/blog-date-200712.html
(註06)「道の風景」
 http://www.threetroy.com/michi/misakiline.html
(註07)「GAZOO」
 http://gazoo.com/article/future/161206.html
(註08)「MOTOR CARS」
 http://motorcars.jp/lexus-releases-the-new-ct-debut-cm-lexus-ct-pantomime-20170828
(註09)「pinky」
 https://pinky-media.jp/I0022207
(註10)「pouch」
 http://youpouch.com/2015/07/10/282317/



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暮らし/日常-34 オレはミンナから感謝されとる

2017/11/22 14:04
オレガ夫婦のイヤガラセに関する、ある助言による記録ブログです.
不快に感じられた方にはお詫びします.
□□□□□
拙宅の南東側二軒隣のお宅は、しばらく空家でしたが、半年ほど前、
ある母子と老犬が越してきました。
2人とも働いていて、日中は大きな白い老犬が留守番していました。

彼らは近所付き合いは積極的ではありませんでしたが、いつも笑顔で
きちんと挨拶されていました。

「オレガ」は、近所に越してきたお宅があると必ず、奥様に「自分は
この地域の顔役だから、何でも相談しなさい」と言いに行きます。
理由は知りませんが、三、四年前から「地域の顔役」を自認し始め、
数人の隣人を子分のように扱うようになったのです。

画像

(註1)
引越しするお宅があると、
オレガは気になって仕方が
ないようです.
よく様子を見に行きます.

今回も「オレガ」は、越してきたお宅の奥様に「顔役」を売り込みに
行きましたが、軽くあしらわれたようでした。
奥様は、子分にならず、自分の生き方を大切にしているようでした。

私は、この近隣にやっと現れた「大人」を歓迎しました。
会釈を交わす程度のお付き合いでしたが、それも束の間、夏の終りに
ひっそりと越して行きました。
また空家になった家は、静かに寂しく佇んでいました。

画像
(註2)
道端の草ムシリのついでに
空家の前庭の雑草も整理し
ているような風体で、家の
様子を伺っていました.

その翌日、拙宅の前庭でミニトマトの葉を剪定していた時です。
フッと空家の方に目をやると、不審者が前庭の草木に隠れて、何やら
ゴソゴソと空家を物色するように動く姿が見えました。

回覧板で「空家泥棒に注意!」の記事を見たばかりです。
この時は通行者がいなくて、辺りは私だけしかいませんでした。
私は空家泥棒だと思い、駅前の交番に通報するためにケイタイを握り
ましたが、番号入力を中断しました。

私は近眼だし、その頃も後発性白内障を患っていましたから、何かの
見間違いかも知れないと思ったのです。
もしかしたら、越した方が忘れ物を取りに戻ったのかも知れません。
そこで、様子を確認しに行ったのです。

画像
(註3)
近所の人に見られた時は、
「雑草を整理してあげて
いる」という口実を用意
していて、感謝の言葉を
要求します.

近づいて見ると、庭木に隠れていた不審者は「オレガ」でした。
「オレガ」は、私を見るとバツの悪そうな顔してしゃがみ、「空家の
庭の雑草を取っているのだ」と言いました。

彼は以前にも、「許可をもらった」と言って、空家の中の生活道具や
植木を持ち去っていたことがありました。
かなり持ち去った後、近隣の奧さんたちに「持ち帰っていいらしい」
と言って、いくつかの物品を取って行かせました。
本当に持ち帰りの許可を得たかどうかは、確認できませんでした。

空家の物品を持ち去りは、前居住者や親族、弁護士や司法書士の立ち
会いの元で行う方が良いと思います。
不審に思われないためにも、他家の遺産等の所有権を移動するには、
それほどの慎重さが必要だと思います。

その行為は近所の多くの人を巻き込んでいたので、私は異議を出さず
黙って見ていました。
いつものように、「オレガ」夫婦は、「ミンナでやった、地域住民で
やったんだ」という形を作って、正当化していたのです。

「オレガ」夫婦とその子分のような奧さんたちが、飴に群がるアリの
ように、家の中を物色して廻る様子は、気味悪く見えました。
中には、手押し車に山のように積んで持ち帰る子分もいました。

画像


(註4)
オレガの仕草は、空家
泥棒と変わりないよう
に見えました.

今回も、「オレガ」は空家を物色していたのかも知れません。
しかし、「敷地内に入る許可を貰ったのか」と訊くと、引越し間際に
前居住者から「草ムシリをお願いします」と言われたと答えました。

3度同じ質問をしましたが、全く同じ返事でした。
どうしても「許可を得た」という言葉を使いたくないようでした。

そして「オレはミンナから感謝されとる...」と言いだしました。
だから、自分は他人の敷地に入って草ムシリするのは許されるのだと
主張しているのでした。

画像

 (註5)
 背を向けて「オレが...
 オレが...」と自慢話を
 長時間喋り続けられる
 と、先を急ぎたい人は
 「ご苦労様でした」と
 言わざるを得なくなり
 ます.

誰もが行う日常の小さな善行を声高に自慢する人はいないのですが、
「オレガ」は「オレがやった...オレが、オレが...」と、急ぐ人の足を
止めて大声で自慢し、感謝の言葉を聞くまで言い続けます。
「陰徳を積む」の真逆の行いです。

最近は、人に背を向けて、しゃがんで草をむしったり小石を拾ったり
しながら、背中越しに言う演技を身につけたようです。
先を急ぐ人は「ありがとうございました」と言わなければ、その場を
離れることが出来なくなるようです。

おねだりして感謝の言葉をもらった「オレガ」は、それを子分たちに
吹聴し、そして子分たちはチヤホヤと褒め称えます。
これが「オレガ」の言う「ミンナから感謝されとる」の内情です。

私は、拙宅前の道路で演じる、こうした喜劇は、よく見てきたので、
「感謝されとる」と聞いた時は、思わず吹き出してしまいました。

画像
(註6)
「オレは感謝されとる」と
自慢したいために、感謝の
言葉を要求する、自慢話の
小芝居は、子分以外の人は
迷惑しています.

滑稽な言葉を聞いて私は気力をなくし、「ミンナから感謝されても、
無断で他家の敷地に入るのはよくないよ」と諭し、幕を引きました。

「オレガ」は周りを見渡して、おとなしくなって自宅に戻りました。
誰もいなかったので、私の苦情を受ける場面を目撃されず、「地域の
顔役」のプライドに傷が付かないと思ったのでしょう。

後日、越して行った奥様と会った時、「オレガ」に敷地に入る許可を
与えたのかを訊きました。
思った通り、「許可」も「草むしりのお願い」もありませんでした。
いつものように「オレガ」は嘘を言っていたのでした。

画像
(註7)
「またアイツにやられた」と
オレガは女房に言いつけます.
そしてオレガ女房は「仕返し
しなくっちゃ...」とデマ流し
に近所を廻ります.

自宅に戻った「オレガ」は、当然、事態を歪曲して「オレガ」女房に
伝えたはずです。
ですから、またいつものように「オレガ」女房は「とりあえず仕返し
しなくっちゃ...」と行動するはずです。

早速、「オレガ」女房は近所を廻って「ウチの亭主は草むしりが好き
でね...」と「ありがとう」の言葉をオネダリしていました。
「とりあえず仕返ししなくっちゃ...」の下地作りです。

今度は、どんなデマを流布して私を孤立させるのか、どの子分が協働
するのか...などは、どうでもよい瑣末なことです。
しかし、観察していると、人生の参考になることが多々あります。

「オレガ」は、50歳前に会社を解雇され、以降は職に就かなかったの
で、エネルギーが有り余っているのかも知れません。
「オレガ」女房は、「私ゃ中卒だから...」と不要なコンプレックスを
癒すために、共通の敵を作って口撃する機会を探しています。

「オレガ」夫婦は、今は、私をイヤガラセの対象にしているのです。
近隣には彼らの子分が多くて、私以外に邪魔者がいないからです。
子分になって気楽で安全に生きるよりも、自分の生き方を毅然として貫こうと努める人が、この空家に越してくることを願っています。

171122
□□□□□
以下のサイトの画像を加工しています.
(註1)「Google Earth」
(註2)「Google ストリートビュー」
(註3)「生活110番」
 https://www.seikatsu110.jp/window/wd_prevention/8504/
(註4)「セコム/家庭の防犯対策」
 https://www.secom.co.jp/homesecurity/bouhan/c/bouhan021.html
(註5)「ベル&ムー」
 http://blog.goo.ne.jp/bellemou
  「リクナビNEXTジャーナル」
 https://next.rikunabi.com/journal/entry/20150324
(註6)「カナダ☆シロップ」
 https://ameblo.jp/milestonecanada-toronto/entry-12305672343.html
(註7)「Google ストリートビュー」




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雑観/世相-15 てるてる坊主

2017/11/10 12:47
変人の暮らしと、少々毒のある雑観です.
□□□□□
長雨の時期になると、TVの気象情報や報道番組で「てるてる坊主」の
画像を見かけるようになります。
かなり昔は、軒先に「てるてる坊主」を吊るした家はありましたが、
現在は、もう見なくなりました。

実は、私は、軒先に吊るされた「てるてる坊主」を見なくなったこと
には、多少の安堵感を覚えているのです。
晴天を願う気持ちは理解できるのですが、布の人形であり、顔を描い
ていないにしても、その首を吊った状態が不気味に見えるからです。
晴れたご褒美に目鼻立ちを上手に描けば、さらに不気味です。

「てるてる坊主」は、棚上などの高所に置けば良いのに、なぜ吊るす
のでしょうか、しかも首を紐でくくって、です。

画像
(註1) 首を吊っているのは、
命を捧げる意味の形だから
「首吊り」を連想するのは
よくない、という説もあり
ますが、見たままに想像す
れば、やはり不気味です.

その上、「雨止め」に失敗すれば「首をチョンと切る」という童謡も
あり、斬首刑が連想されるこの風習に、残酷な印象は倍増します。
悲しい旋律で「チョンと切るぞ」と歌われると、ゾッとします。

この歌は、1921年(大正10)に発表された、ポピュラーな童謡です。
「子供の美しい空想力を育む」ために、小学校の教科書に掲載された
こともありました。

しかし、私には、この童謡の斬首のイメージは、発表の2年後に発生
した関東大震災の惨状にも繋がり、不吉な印象が払拭できません。

画像


(註2) 掃晴娘の切り絵です.
少女の明るい表情は、彼女を
生贄に出した者たちの憐憫の
意識の表れでしょうか.

私と同様に、「てるてる坊主」を異様に感じる人は多いようです。
ネットで探せば、この「首吊り」を連想する風習を訝しく思う意見が
かなり多く投稿されています。

そうした意見と対極的に、これは「日本らしい風流な風物詩」である
と紹介し、由来や伝説を詳細に説明しているサイトもあります。

14世紀(元朝)の中国に、箒を持った娘「掃晴娘(さおちんにゃん)」が
「雨止め」の犠牲になって、天に差し出されると、雲を掃いたように
空が晴れた、という伝説があったそうです。
有り体に申せば、彼女は犠牲というより「生贄」です。

画像

(註3) 実際に首を切る人は、
自分の思い通りにならない
日常の物事に、どのように
対処されているのか、気に
なってしまいます.

その話が9〜12世紀(平安時代)に日本に伝わり、「掃晴娘」が天候を
祈祷する坊主に代わったのだそうです。

さらに、「雨止め」祈祷に失敗した坊主、あるいは酒を飲んで祈祷を
サボっていた坊主は、罰を受けて斬首された、という話になります。
そして、その首を白布で包んで高所に吊るしておくと翌日は晴れた、
と説話が続きます。

私は、その「失敗やサボリ」という理由は、「生贄」にしたことへの
都合の良い言い訳のような気がします。
ともあれ、これが「てるてる坊主」の起源のようです。

江戸時代中頃の「てるてる坊主」は、現在のような頭を丸めた形では
なく、折り紙で形代(人形)を作っていたようです。
より人に近い形になりますが、これを半分に切断したり、逆さにして
吊っていたそうです。
こうなると、「てるてる坊主」は「生贄」としか思えなくなります。

頭を丸めた形の「てるてる坊主」は、いつ頃から作るようになったの
かは、分かりませんでした。

画像
(註4) 復元された渡海船です.
途中で僧が逃げないように、
親指を切断することもあった
そうです.
どこかの島に漂着した場合は
彼を海に投げ込んだそうです.

ネットには、「てるてる坊主」の作り方、吊り方を解説したサイトも
多数あります。
その中で私が気になったのは、「供養」の仕方です。

翌日が晴れた場合は、神酒を供え、その後は川に流すのだそうです。
その「供養」には、私は古代・中世の「補陀落渡海(ふだらくとかい)」
という、特に那智勝浦で行われていた「捨身行」を連想します。

小舟の上に非常に粗末な小屋を作り、その中に僧や業者を閉じ込めて
太平洋の荒波に流し出します。
海の彼方の観音に身を捧げて、世の平穏を祈願する「行」です。
しかし、中には「捨身行」とは違った意味合いで、「補陀落渡海」を
強いられた人もいたようです。

画像
(註5) 形代流しです.
流れていく形代を見ている
と、紙片よりも、修行した
人を実際に流す方が、より
ご利益があるような錯覚が
一瞬よぎります.

「補陀落渡海」は、「形代流し」という厄払いの原型のようです。
「形代流し(かたしろながし)」は、人の形に切った紙に穢れを移し、
これを身代りとして川や海に流す風習です。
「古事記」や「源氏物語」にも記載があるそうです。

しかし「てるてる坊主」を川に流す「供養」は、「形代流し」よりも
生々しく「補陀落渡海」に酷似しているような気がします。

これ以上は、気が滅入る方がいるでしょうから、書くのを止めます。
ともあれ、TVの番組で「てるてる坊主」の画像を見ただけでも、私は
こうした不吉なイメージがジワーと思い浮かんでくるのです。

私も「てるてる坊主」に代わる、可愛げのある習慣が流行することを
待ち望んでいる者の一人です。

171110
□□□□□
下記の画像を加工しています.
(註1)「tenki.jp」
 http://www.tenki.jp/suppl/usagida/2015/05/14/3771.html
(註2)「上海で働く内科医のブログ」
 https://ameblo.jp/shanghaidoc/entry-12167906858.html
(註3)「mulpix」
 https://mulpix.com/instagram/坊主_てるてる坊主_雨.html
(註4)「毎日新聞 写真特集」
 http://mainichi.jp/graph/2015/10/16/20151016ddf012040036000c/002.html
(註5)「倭しうるはし」
 http://isuzugawa.ti-da.net/e5872332.html


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暮らし/日常-3 盗み見? 盗み聞き? -2

2017/10/30 10:45
オレガ夫婦のイヤガラセに関する、ある助言による記録ブログです.
不快に感じられた方にはお詫びします.
□□□□□
拙宅は袋小路の入口の角にあり、私に嫌がらせをする「オレガ」宅は
袋小路の奥にあります。
(オレガとは、私が付けた渾名です。誰もが普通に行う小さな善行を、
「オレガ、オレガ...」と自慢して感謝をおねだりするからです。)

秋の終りのある日、私が外出から帰り玄関前に来た時、作業服の男が
「オレガ」宅の隣家の庭で何やらゴソゴソしている姿が見えました。
彼は私の姿を見ると、ギョッとした様子で後ろ向きになりました。

空巣か...と思いましたが、よく見ると、男は「オレガ」でした。
彼はすぐに隣の自宅に戻り、庭木バサミを持ち出し、また隣家の庭に
入りました。
そして、隣地にハミ出た自分の庭木を剪定して、忙しく動きました。

私は、危うく「誰だっ ! 何やってんだっ !!」と怒鳴るところでした。
この近辺にも、風呂覗きや空巣が横行しているのです。

その時間帯は、隣家の奥様はパートに出ていて留守なのです。
しかし、隣家が留守であっても、無断で門扉を開けて庭に入るのは、
顔見知りの間柄でも無礼な行為だと思います。

画像
(註1)
顔見知りでも、留守中に
庭に入られるのは、内心
穏やかではありません.

そうした「オレガ」の行為は、過去にも数回ありました。
彼が隣家の庭に侵入するのは、いつも留守の時です。
私が注意すると「奥さんの承諾を得ている」と嘘を言い、「私ゃね、
良かれと思って、隣の庭を掃除しておる」と怒鳴り返しました。

後で奥様に承諾の有無を確認すると、その少し前に、「オレガ」から
承諾済みにするよう要求されていました。
小柄な彼女は、「以後は勝手に庭に入らないで下さい」と申し入れる
こともできなかった、寂しそうに言っていました。
「オレガ」女房の陰湿な仕返しを恐れているからです。

画像(註2)「盗み見」と目撃は
異なります.
しかし隠れて背徳の行為
をする者には、どちらの
場合も「盗み見」られた
と思うようです.

今回の「オレガ」の無断侵入では、私は声を出さずに見つめ、無言で
抗議しました。
私が見ていることに気づいた「オレガ」は自宅に戻って、「アイツに
見られた」と、難聴の人特有の大きな声で、女房に訴えていました。

これで「オレガ」女房は「アイツは他人のプライバシーを盗み見して
いる」と、デマを流し歩く事になりました。
1週間前の「アイツは盗み聞き...」の続編、「アイツは盗み見て...」の
「デマ流し」です。

「オレガ」女房は、亭主が誰かに苦言を受けると、カーッと頭に血が
のぼって、すぐに「仕返ししなくては...」と行動します。
「デマ流し」や小さなイヤガラセを執拗に繰り返します。

「オレガ」夫婦は、デマの信憑性と効果を有効にするため、日頃から
近隣に野菜を配って仲間を作り、周到に下地を整えています。
仲間や子分にとっては、地域の優しい世話役、親分なのです。

私は、その存在は認めても、子分にはなれないし、フリすらできない
性分ですから、「オレガ」夫婦の類から嫌われるのでしょう。

画像

(註3)
デマを流す人は、自分が
醜くて恥ずかしい行為を
しているとは、自覚して
いないようです.

しかし今回は、隣庭侵入の終了間際にハプニングがありました。
拙宅の隣の奥さんにも、一瞬ですが目撃されてしまったのです。
しかし彼女は、「オレガ」女房の第一側近です。

隣の奥さんは、後で「オレガ」に駆け寄り、「オレガ」の隣庭侵入と
庭木の剪定を褒めていました。
そして、隣庭への無断侵入はなかったことに、話がまとまりました。

目撃奥さんは小声で話しているのに、「オレガ」は気分が良くなって
大きな声で歓談するので、茶番劇は筒抜けに聞こえました。

画像
(註4)
近所付き合いの瑣末な
トラブルは、まともに
付き合うと、滑稽です
が、陰湿な嫌がらせが
続くと、気分が滅入り
そうになります.

「オレガ」夫婦が「デマ流し」する場合、「オレガ」の野菜を貰った
近隣人は、もしデマを聞かなければ、自分もイヤガラセの対象になる
ことを承知しています。
近隣人はこれを恐れて、デマを受け入れます。

中には積極的に参加して、私を遠巻きに見て避ける人もいます。
そういう子分たちは、正常な感覚のない人なのか、「オレガ」夫婦と
同じような生き方をしてきた人、であろうと思っています。

そう思って、私は、デマ好きな彼女たちの遊興を無視しています。
デマを否定すれば逆効果だし、関わる時間がもったいないし、私にも
至らぬ点があるのかも知れないからです。

私の女房は、気づかないフリができるので、連中の悪意は届きません。
誹謗中傷に対して鷹揚に構えることのできる彼女が羨ましいです。

画像(註5)
陰口を聞くのが好きな人、
聞かされて疲れる人、
その割合は地域によって
大きく異なると思います.

地域には多様な人が住んでいますから、意見の違いは当然あります。
その軋轢は、コミュニティを阻害するとは限らないと思います。
多様な存在を互いに認め合う環境を育む機会になり得ると思います。

しかし「デマ流しとイヤガラセ」は、多様性の容認ではなく、少数派
への暴力ですから、健全なコミュニティ形成を阻害します。

陰湿な誹謗は、その人の品格を自ら低くしていくことだし、魂さえも
歪めていくことに繋がりかねないと思います。
しかし悲しいことに、気が付かないうちにやらかすものです。
人を悪く言いたい衝動は、自分の内に上手に収めたいものです。

多くの人がこうした願望を持てば、この地域も、いつかは穏やかさを
取り戻せるかも知れない、と思っています。

以上は、どの地域にもある話だそうですが、気分が滅入りそうです。
似た経験をお持ちの方への参考と、自分の記録のために書きました。
失礼しました。

171030
□□□□□
以下のサイトの画像を加工しています.
(註1)「ストリートビュー」
(註2)「zazzle」
 https://www.zazzle.co.jp/1909年の盗み聞き_iphone_6_plus_ベアリーゼアケース-179898622679867143
(註3)「知る蔵」 http://www.siruzou.jp/tantei/3137/
   「ひと目でわかる話題本」 http://bookpre.hatenablog.jp/entry/2014/10/18/053500
(註4)「Google Earth」
(註5)「しらべぇ」の画像を加工しています.
 https://sirabee.com/2016/09/16/162029/


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暮らし/日常-32 盗み見? 盗み聞き? -1

2017/10/20 10:47
オレガ夫婦のイヤガラセに関する、ある助言による記録ブログです.
不快に感じられた方にはお詫びします.
□□□□□
秋の深まる頃、拙宅の道路前の庭で、アサガオとミニトマトの枯れた
葉を整理していました。
その時、10mほど離れた所の家庭ゴミ集積所で、「オレガ」と近所の
奥さんの立ち話が聞こえてきました。

私は気に留めずに枯れた葉を集めていたら、急に「オレガ」が大きな
声で「このパネルはね...私が取り付けさせたんだよ」と言いました。

彼は、ネットフェンスに取り付けた30cmx45cmほどのプラ板を手に
持って、奥さん1人を相手に演説調で叫ぶように喋っていたのです。
強い「抗うつ剤」を飲んだ人のような、妙なハシャギようです。

そのプラ板は、分別ゴミの持ち去りを禁止する、市の廃棄物対策課が
取り付けた掲示板です。
分別ゴミは市の資金源の一部になりますから、これを持ち去ると罰金
20万円以下の窃盗罪に抵触するのです。

画像

庭の整理をしていると、
集積所の様子はよく見え
るし、少し大きな声なら
よく聞こえます.

これを「オレガ」が市に取り付けさせたというのは、全くの嘘です。
本当は、数年前に、私が市に相談して取り付けてもらったものです。

実は「オレガ」は、分別ゴミの持ち去りを2年間続けていたのです。
近隣は黙認していましたが、子供が持ち去りに興味を持ち出したので、
私は、誰も見ていなさそうな時に、止めるように注意しました。

彼は逆ギレして「お前に20万払えばいいのか」と捲し立てました。
しかし強く説得して、持ち去りを止める約束を取り付けました。
しかし、その後、彼は約束を守らず、へへ...と笑っていました。

そこで、市の廃棄物対策課の課長さんに事情を説明し、掲示板を設置
してもらうことにしたのです。
課長さんは正義感の強い人で、わざわざ拙宅の玄関先に挨拶に来て、
「オレガ」は必ず仕返しするから...と注意を促してくれました。

以後、彼の予想通り、「オレガ」夫婦の「デマ流し」とイヤガラセが
本格化してきました。
以前から「オレガ」は、毅然として子分にならない私を嫌っていて、
孤立化させるために陰湿な「デマ流し」をしていたのですが、それが
エスカレートし出したのです。

画像

この集積所だけに「ゴミ
持ち去り禁止」の掲示が
取り付けられたを理由を
知る人は、この地域には
いません.

ともあれ、以降は「オレガ」は分別ゴミを持ち去らなくなったので、
反省していると思い、掲示板設置の経緯は誰にも言いませんでした。
しかし、反省するどころではありませんでした。
自分が誰かの持ち去りを止めさせたのだと、ウソを言っているのです。

勘ぐれば、仕返しするために、私を持ち去り犯人にするための「デマ
流し」をしていたのかもしれません。
この区域だけに持ち去り禁止の掲示板があることを、誰も不審に思わ
なくなったので、自分が疑われることはなく、ホトボリが冷めた今が
「デマ流し」のチャンスだと思ったのかもしれません。

しかし、その後の「オレガ」と奥さんの立ち話は、明瞭には聞こえな
かったので、私はそのまま枯れ葉を片付けていました。
そして「オレガ」は、演説を終えて帰る時、拙宅の前庭の私の存在に
気づくと、後ずさりして驚きました。

「オレガ」は急いで家に帰り、女房に「あいつに聞かれた...盗み聞き
していやがった」と大声で騒いでいました。
すると、事情がどうであれ「取り敢えず、仕返ししなくっちゃ...」と
熱り立つのは「オレガ」女房の性分です。

すぐに子分的存在の隣宅に向かいましたが、奥さんは留守でした。
怒りの収まらない「オレガ」女房は、拙宅の周りを、腰を屈めながら
覗き込むようにして、拙宅の周りを見て回りました。

「オレガ」女房は、子分の奥さんの多くも同様、少々脚が不自由で、
片足を引きずりながら歩いています。
それはそれで気の毒なんですが、「オレガ」女房の舐めるように見て
周る格好は、私には爬虫類か大蜘蛛が徘徊しているように見えました。
背筋がゾゾっとする、非常に気持ちの悪い光景でした。

画像

袋小路の住宅では、必ず
仲良しグループができ、
ボスに媚びないお宅を
孤立化させるように動く
空気が形成されます.

それは見っともない格好なので、止めてもらおうと思いました。
翌日「オレガ」に会った時、拙宅周りの腰屈め徘徊を止めるよう伝え、
「ウソを言うのはよくない。盗み聞きもしていない。私に聞かれたく
ない話は小声で言いなさい。」とも伝えました。

さらに、余計な事かも知れないと思いつつ、「オレガ」夫婦が流した
数々のデマを列挙し「全部聞こえているよ、私の悪口はもっと小さい
声で言った方が良い」とも言いました。

しかし「オレガ」は悪びれることなく、「オレは...耳が悪いから声が
大きいんだ」と逆ギレしてきました。
その後、「オレガ」女房の仕返しの「デマ流し」が再開され、それを
手伝う子分の奥さんが私を避けるようになったのも、想定通りです。

その翌日は、「オレガ」女房の「デマ流し」を見てしまいました。
拙宅の向かいに住む子分の奥さんは、忠誠心を強調して「アイツには
ガツンと一発言ってやんなよ」と大きな声で煽り立てていました。
「オレガ」女房は、慌てて声を制し、キョロキョロしていました。

玄関の5m先の「デマ流し」はよく見え、台詞もよく聞こえました。
私は、呆れながら、滑稽な様子を興味深く見入ってしまいました。
それこそは、私は「盗み見/盗み聞き」していたのです。

画像(註1)
「陰口・悪口は諸刃の刃」
という話も聞きます.
他にも傷つけるし、同時に
自分の魂も傷つけていると
いう意味です.

その少し後、私がいる前庭を「オレガ」女房が通りかけました。
私は、止せばいいのにと思いつつ、「聞いてたよ、いつでもガツンと
一発言いに来ていいよ」と、つい笑って声をかけてしまいました。

「オレガ」女房はギョッとした顔で、小さな目を丸くして立ちすくみ
「私ゃアンタの話はしたことがないのに...」と怒り出しました。
そして、「病院の予約があるから...」と言い、「オレガ」の運転する
車で出かけて行きました。

私が「盗み見/盗み聞き」するというデマは、近隣に流布されました。
その後は例によって、拙宅に唾を吐きかけて行く人、「此奴かぁ」や
「やぁね...」と言って行く人など、様々現れてきます。
拙宅の前の道端で立ち小便して見せる人もいます...犬と同じです。

彼らは「オレガ」夫婦と同じような生き方をしてきたので、生き方の
波長が合うのでしょう。
しかし、近隣の中には、普通の生活感覚を持って、正常に対処できる
人もいるのではないだろうかと、淡く期待しています。

「オレガ」夫婦と子分たちの嫌がらせの記録として、その一部を書き
残すブログでした。気分が滅入りそうな長い話で、失礼しました。

171020
□□□□□
以下のサイトの画像を加工しています.
(註1)「せちがら☆速報」
 http://www.sechigara.net/archives/66593375.html
   「Hiragana,Katakana,Kanji」
 http://japanese.reader.bz/kageguchi



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雑観/世相-14 相手を見ないで握手する人

2017/10/10 10:47
変人の暮らしと、少々毒のある雑観です.
□□□□□
選挙のシーズンになると、マスコミの報道が賑やかになります。
候補者が多くの市民と握手して廻る様子も、頻繁に報道されます。

握手の様子を見るたびに、私は候補者の視線が気になります。
きちんと相手を見て握手をしているのか、つまり、失礼のない挨拶が
できているのか、これが気になるのです。

残念ながら、多くの候補者は、相手から視線を外して握手しています。
次の相手を探しながら、仕事として消化するような握手なのです。
できるだけ多くの手に触れて廻ることを、目的としています。

画像

(註1)
握手の数と得票数が比例
する選挙で社会が形成さ
れるのは淋しいです.

握手とは、武器を手にしていないことを示し、相手の目を見て戦意の
ないことを確かめあう、親和行為の1つです。
ですから、視線を外して相手を無視する握手は、信頼関係のない間柄
であることを意味することになります。

そうした握手は、選挙活動としては、致命的なミスだと思います。
しかし何故か、視線を外して握手する候補者が、多くの票を獲得して
当選するのが、現在の世情なのです。
「一体どうなってんだ、世の中は...?」と、変人は憤慨します。

画像
(註2)
「市民ファースト」を
標榜するのであれば、
政治家は市民との信頼
構築は大切なはずです.

選挙に限らず、政治家は、視線を外して握手することが多いです。
彼らにとって、「信頼」よりも「多数」が大切なのかもしれません。

中には、時には、しっかり相手を見て握手する政治家もいます。
市民の方を向いて政治に携わる、誠実な人柄を思わせます。
やはり、市民との信頼を構築したいのであれば、市民と握手する時は
しっかり視線を合わせて、意思表示して欲しいです。

画像画像
(左/註3) アイドルはファンを大切にしています.
(右/註4) ネコは手を握られると相手を見ます.


意外...と言っては失礼ですが、アイドルの女の子は、きちんと相手の
目を見て握手しています。
ファンを大切にしている姿勢が伺われます。

妙な話ですが、イヌやネコでも、手を握ると、大抵は困惑した表情で
すが、相手を見ます。
手を握り合うことは、人間を含む動物にとって、お互いの存在を確認
し会うという深い意味があって、相手を見るのだと思います。

画像

(註5)
失礼のない握手のできる
人は信頼でしても良いと
思います.

視線を外して挨拶されたり握手されると、普通は、自分の存在を無視
されたような気がします。
その相手が偉い人であっても、少々不快な印象を持ってしまいます。

今回の選挙で、相手を見て握手する議員が増えれば、もっと市民寄り
の政治が期待できるような気がします。
多くの市民がそのような政治家に投票すれば...ですが。

171010
□□□□□
下記の画像を加工しています.
(註1)「Yomiuri Online」
 http://www.yomiuri.co.jp/election/shugiin/photonews/article.html?id=20141215-OYT1I50011
(註2)「健康になるためのブログ」
 http://健康法.jp/archives/16080
(註3)「Tokyo Girls Update」
 https://tokyogirlsupdate.com/akb48-handshake-event-resumed-after-41-days-from-the-slashing-incident-20140723437.html
(註4)「街を歩けば そこに猫」
 http://nekophoto.kumax.net/sakaba/141021/
(註5)「熱海ネット新聞」
 http://atamii.jp/today/post-22758/



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暮らし/日常-31 剣道...気合いか悲鳴か...

2017/09/29 10:47
変人の暮らしと、少々毒のある雑観です.
□□□□□
拙宅の先に、T中学校のグランドと武道場があります。
隔ては道路と放水路だけですから、生徒たちの声はよく聞こえます。

放課後は、野球部の「オエ〜オエ〜」、ソフト部の「キャワキャワ」、
剣道部の「ア〜ンア〜ン」が、閑静な住宅地に響き渡ります。
これらが長時間、同時に鳴り響くと、頭痛がしてきます。

最近は、剣道部の声が一段と賑やかになりました。
変声期を過ぎたオッサン声に、変声期前の可愛らしい声が混じって、
気合いの集団音声は奇妙な混声合唱です。
中には女子も数人いるようで、特別に甲高い声も聞こえます。

女子の中に、ひときわ甲高い声の生徒がいます。
彼女の声は、どう聞いても気合いには聞こえず、絹を裂くような女の
悲鳴に聞こえます。
辛そうに「ヒーッ! ヒーッ!」と泣いているように聞こえるのです。

画像画像
(左) 中央奥がT中学校の武道場です. 拙宅との隔ては、スケスケの
 生垣とネット、傾いた街灯だけですので、音はよく聞こえます.
(右/註1) 剣道だと知らないで、竹で叩く音と鋭い悲鳴(気合)だけを
 聞くと、剣道の練習かな? と思いますが、他の良からぬイメージ
 も思い浮かびます.


ここまで書けば、察しの良い方はお分かりだと思います。
剣道部の練習する音声は、SMの場面を連想させるのです。

オッサン声の気合い「ウォーッ」と共に、竹刀でバシバシと叩く音が
して、直後、男の痛々しい声「キャーッ」と、女の甲高い辛そうな声
「ヒーッ」が聞こえてくるからです。

本人は強烈な気合を入れて叫んでいるつもりですけど、声が裏返って
いるので、悲鳴にしか聞こえません。
散歩の人も同じように話していましたから、私だけの幻聴ではないと
思います。

剣道部の気合の混声合唱は、音声だけ聞いて素直にイメージすれば、
牢獄での暴力場面が思い浮かんでしまうのです。
不謹慎は重々承知しつつ、夫婦を竹の棒で叩き苦しめる陰湿な情景が
想像されてくるのです。

画像画像
(左/註2)「おんだ祭」です. 竹で尻を叩かれるのは「厄払い」です.
(右/註3)「六郷の竹打ち」です. 本気で竹で叩き合っています.


竹で叩く音と悲鳴を聞いて、奈良県明日香村の「おんだ祭」、秋田県
美郷町の「六郷の竹打ち」を連想すれば穏便でしょう。
しかし、あの鋭い悲鳴には鬼気迫るものがありますから、どうしても
強烈な方を連想してしまいます。

慌てて、重苦しく陰鬱なイメージを打ち消そうとしますが、一旦頭に
コビリついた悪徳画像は、なかなか剥がれません。

そんな時は、耳にイヤホンを突っ込んで、YouTubeで航空機のコック
ピットの動画を大音量で視聴して、気を紛らします。

「罪な剣道部だね」と溜息ついて、YouTubeで飛行機のエンジン音を
聞いていると、「ウォーッ!! バシバシ!! キャーッ!! ヒーッ!!」は、
徐々に小さくなっていきます(...ような気がします)。

170930
□□□□□
下記の画像を加工しています.
(註1)「共立女子中学高等学校」
 https://www.kyoritsu-wu.ac.jp/chukou/club/kendou/
(註2)「奈良大和路〜悠〜遊〜」
 http://pinbokejun.blog93.fc2.com/?tag=御田植神事&page=1
(註3)「じゅんさいときりたんぽ」
 http://andofoods.com/?mode=f39




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雑観/TV番組-10 MCの仲間内の会話

2017/09/20 12:55
変人の暮らしと、少々毒のある雑観です.
□□□□□
私は、ニュース・報道番組はよく観ています。
女房が不機嫌にならない程度に、各局を回し見します。

多くの報道番組は、複数の男女キャスターで構成されています。
彼らが語尾まではっきり発音し、解説者にタイミングよく要点説明を
促す司会進行は、メリハリが効いた心地よい緊張感があります。

画像
(註1)
2人の会話が長くなると、
自分は聞いてていいのか、
一瞬、ドキマギします.

あるテーマの報道が一段落した後、彼らはよく話し合っています。
視聴者への報道とは違う何かを、仲間に説明しているようです。
会話の中に重要な意味があるのか、それを視聴者に聴かせようとして
いるようです。

しかし私は、キャスターの私見であっても、視聴者に伝えたいことが
あるのなら、真直ぐ向いて話せば良いのに...と思う堅い性分です。
仲間同士の合図や短時間の打ち合わせなら気になりませんが、会話が
長くなると、報道ではなく、公然の内緒話に思えてくるのです。

すると私は、彼ら仲間内の会話を盗み聞きしているような気がして、
妙に恥ずかしい気持ちになります。
小心者ですから、聞いては悪いと思って、チャンネルを変えます。

画像
(註2)
仲間に入って、説明を
聞いていいものかと、
一瞬、迷います.


たしかに、デスクのキャスター全員が、終始、真正面を凝視して報道
していると、視聴者は息が詰まり、私は下を向いてしまいます。
彼らが時々和かに意見を交わす方が、自然な雰囲気だと思います。

しかし、仲間だけの会話状態が長くなれば、「こちら側の話だけど、
聞きたいなら聞いてもいいよ」と、冷たく突き放されたような気分に
なるのです。
それは、私だけでしょうか...ひねくれ者の悲しい性分です。

誰とでもすぐに打ち解け、どんなグループでもすぐに仲間になれる人
なら、仲間内の長い会話状態に、何らの違和感はないと思います。

画像
(註3)
茶目っ気のあるキャスターは
意外と厳しい意見を言う時が
あります.

偏屈者の私は、キャスターの仲間内の会話には、誘われても参加する
気はありませんから、視聴者の特権を使います。
つまり、音量を絞るか、チャンネルを変えるか、TVを消すのです。

そして、その直後、素直になれない自分に嫌気がさすのです。
報道番組を視聴する時は、いつもこれを繰り返しています。
いつまでも学習できません。

170920
□□□□□
以下の画像を加工しています.
(註1)「素敵な女優ダイアリー」
 http://marsar.tokyo/mm02/news/post-19676/
(註2)「池上彰の報道番組」
 http://www.tv-tokyo.co.jp/ikegamiakira/smp/140103.html
(註3)「日々是変化なり」
 http://blog.goo.ne.jp/onscreen/e/f817a557e20bcdf988f2f58fff9d08c7



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暮らし/健康-11 歯茎の一部切除

2017/09/11 09:45
変人の暮らしと、少々毒のある雑観です.
□□□□□
行きつけのM歯科医院から、3ヶ月に一度「歯科検診のお知らせ」の
葉書が届きます。
「普通は半年に一度だけど...オタクは念のためネ」ということです。
つまり、私の歯は非常に不健康なのです。

検診では、以前に治療した歯のメンテナンスと、歯垢と歯石を除去、
歯周病の状況をチェックしていただきます。

面白いことに、3ヶ月経つと、必ずどこかに不具合が生じています。
何事もなかった時でも、医院の前に来ると、道路で躓いた拍子に歯が
欠けて、「3ヶ月ごと」には意味があると感心したことがあります。

画像
(註1) 私は、待合室の様子は
覚えていますが、診療室の
様子は覚えていません.
受付の看護師さんは記憶して
いますが、医師や衛生士さん
の顔は記憶が抜けています.

私の叔父の中に、エアタービン(ドリルのような回転切削器具)の音を
聞いて失神していた人がいます。
私は彼の血を少し受け継いでいるようで、診療台に上ると、情けない
ことに冷静さを失い、かすかに震えているのが自分でも分かります。

衛生士さんに歯石を除去してもらう時、「痛かったら左手を上げてね」
と言われますが、ドリルの音を聞くと身体が硬直して、もう右も左も
分からなくなります。
ですから、痛くても手を上げたことは一度もありません。

歯石とは、歯垢(細菌の塊)が石灰化して硬くなったもので、歯周病の
原因の1つになるそうです。
歯磨きだけでは除去できませんから、定期的に除去してもらうことが
必要なのです。

画像

(註2) 時々正しい歯磨きの
仕方を教えていただきます
が、まったく覚えていない
ので、その通りに実行した
ことはありません.
それも虫歯と歯周病の要因
なのかも知れません.

施術中は「虫歯が1本...虫歯が2本...」と数えて気を紛らせますが、
次第に何が何だか分からなくなって、その後、「ハイ...お疲れ様」の
優しい声で我に返ります。

その後、医師から症状の説明などを受けますが、私は早くその場から
逃れたくて、上の空で聞いています。
ですから、待合室に戻って落ち着いてから、受付の看護師さんに話の
内容を訊き直さなければなりません。

注意力が散漫になっていて、診療台に眼鏡を置き忘れたまま、医院を
出ようとしたこともありました。
頭がボーとしていたので、視界もボーとしていると思っていたのです。
以降、どの看護師さんからも「メガネ...忘れないでね」と笑いながら
話しかけられるようになりました。

画像
(註3)
私の場合も歯茎が痩せて
被せ物の隙間から細菌が
侵入して、歯茎が炎症を
起こしたようです.

医師の説明は、私の歯茎の腫れは、昔の虫歯治療の際の消毒が不完全
なために、「被せ物」の隙間から細菌が入って、歯茎が炎症したのが
原因だということでした。
神経を抜いているので、痛みを感じなかったのだそうです。
「被せ物」は、治療の完全終結を意味してはいなかったのです。

そこで、「次回、歯茎の一部を切り取って膿を出しましょう」という
説明だったのです。
これを受付の看護師さんから聞き直した時は、血の気が引いて、天と
地がひっくり返ったような気がしました。

次週、歯茎を切開する時、医師は「麻酔するから痛くありませんよ」
と安心するように言います。
しかし私は、麻酔の注射が非常に痛いことを知っています。
笑顔を作って応えたつもりですが、顔は引きつっていたと思います。

画像
(註4) 唇を指でつまみ
あげて、歯茎の欠けた
異様な所を見せると、
孫たちは驚きます.
これで、当分の間は、
歯磨きを忘れなくなり
ます.

さすがに経験豊富なM歯科医師です。
私は恐怖に気が動転して少々のパニック状態にありましたが、無事に
歯茎の切除は終わりました。
それから半年が過ぎましたが、感染症も、何の支障もありません。

しかし、切り取った歯茎は、元の状態には戻りませんでした。
私は、歯茎は自然に盛り上がってくると、思い込んでいたのです。
かなり大きく切除されたので、旧状復帰しないのかも知れません。

欠如した歯茎は、今は、孫たちへの歯磨きの奨励に役立っています。
「歯磨きをサボると...こうなるんよ」と、上と下の唇をつまみあげて
欠けた歯茎と歯が異様に長く見える所を見せます。
孫たちは、目を丸くして「ワァ...」と呟いて、洗面所に向かいます。

170911
□□□□□
以下の画像を加工しています.
(註1)「おがた歯科クリニック」
 http://www.ogatadental-clinic.com/0515maintenance/
(註2)「小山歯科」
 http://www.dental-square.jp/periodontics/
(註3)「どくらぼ」
 http://doclabo.jp/contents/694
(註4)「でんたろう」
 http://dentarou.net/photo/



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雑観/世相-13 バス停のオバサマたちの列

2017/08/30 10:47
変人の暮らしと、少々毒のある雑観です.
□□□□□
大宮駅西口のバス乗場は、歩行者デッキの下にあります。
昼の少し前、駅近くの歯科医院の帰り、4番乗場の列の後尾に並んで
いました。

このプラットホームには、4番と5番の乗場が直列しています。
バス待ちの列は、時間帯によって非常に混み合います。

ですから、列は10mほどで折り返して、また折り返し、ジグザグ状に
続いていきます。
そのように誘導するために、床に白線が標してあります。

私は、折り返しの位置に、列に90度になる形で並んでいました。
当然、次の人は私の後に、列に180度になる形で並んでいきます。

画像

(註1)
バス乗場は狭いスペース
ですから、並び方を工夫
しないと、無駄な混雑を
招きます.

その時、数年前の夕方の、バス待ちの列を思い出しました。
同じ場所で同じように、床の白線に沿って、列の折り返し点で並んで
いたのです。

買い物帰りの中高年女性の多いバス待ちでした。
私の次に来た人も、いつものように、白線に従って、私の後ろに並ぶ
だろうと、思っていました。

しかし、その中年女性は、列を折り返して並ぶ私の存在を無視して、
私の前の人の後ろに並びました。
目前の彼女の横顔は、「当然でしょ」という感じです。
「白線が何よ...あんたは列に並んでいないのよ」という雰囲気です。

画像

(註2)
4番乗場に停車している
バスです.
その左奥は5番乗場です.

無言の迫力に気後れして、列の横割りを注意するのは躊躇しました。
この次の人が来れば、私の後ろに並ぶだろうから、一人分くらいなら
後退してもいいか...と思って、静観することにしました。

しかし、その期待は外れました。
バスの時間が近づいてくると、次々に人が来ましたが、みんな白線と
私を見て見ぬ振りして、横割りの女性の後ろに並んでいきました。

列は、歩行者デッキの階段の上にも続いて、乗場は混乱しました。
しかし、みんな同じように「当然でしょ」と澄ました顔です。
横割り女性と私の、存在感の軽重の差が、そうさせたのでしょうか。

画像

(註2)
ラッシュ時は、次発か
次々発を待たなければ
なりません.

私は「都市の多くは、都会に見えるけど、田舎が大きくなったに過ぎ
ない」という自論を持っています。
「ビルの林立や交通網の充実が「都市」を造るのではなくて、市民の
文化が「都市」空間を造る」と思っているのです。

従って、どんな山奥の田舎でも、住む人たちが生活のマナーを遵守し
合い、住む文化を育んでいれば、そこは、田舎の村ではなく、豊かな
自然に囲まれた都会だと思うのです。

画像

(註2)
ラッシュ時以外だと、
乗場は閑散としていて
乗客が2人の時もあり
ました.

ここで、秀吉が政宗を「鄙の華人(ひなのみやこびと)」と評した逸話
を思い出しました。
「田舎に住む、教養ある都会人」という意味です。
この「鄙の華人」は、前記の「都市を造る生活文化を有する都会人」
とは、少し意味が異なります。

「鄙の華人」は、上から目線のホメ言葉であって、「田舎者にしては
知ってそうだね」という、見下すニュアンスが込められています。

しかし、逆に言い回した「都の鄙人(みやこのひなびと)」は、ここで
使えると思います。
「都会人らしいけど、マナーを知らないんだね」という意味です。
見下すというより、驚き呆れるニュアンスを込めています。

画像
(註3)
奥の4番乗場の列が折れ
曲がらずに、手前の5番
乗場まで侵入してくると、
このホームは大変に混乱
してしまいます.

列を乱して、狭い乗場を混乱させても、厚顔でいられる中高年女性は、
恐らく、普段は「曲がった事が嫌い」なオバサマだと思います。
しかし、その時は「都の鄙人」でした。
その1人に追従したオバサマたちも、同じ「都の鄙人」だと思います。

私は、朝夕の通勤者のバス待ち時には、並び方を無視した混乱は見た
ことがありません。
ですから、さいたま市は都会のように見えても「鄙人」が多いという
訳ではない、だろうと思っています。

画像
(註2)
画像は、駅前バス乗場の
平和な風景です.
しかしラッシュ時間帯に
なると、酔客も混じって、
戦場の様相を呈すること
もあります.

歩行者デッキの階段に続いていた中高年女性の列は、全員が私の前を
通り過ぎてバスに乗り込みました。
自分は前の人について進んでいるだけです、という様子です。

さて、乗場に1人残った私はどうするか、瞬時に様々考えました。
バスに乗れば、そこは「針のムシロ」でしょうし、良識あるオバサマ
たちに迷惑な存在になるでしょうから、乗車は遠慮しました。

私は、階段を上がり、広い歩行者デッキをユックリ遠回りして、バス
乗場に戻りました。
オバサマたちを乗せたバスは発車していて、新しい列ができかかって
いました。
その列は普通にジクザグに曲がりながら、人が増えて行きました。

170830
□□□□□
下記の画像を加工しています.
(註1)「Google Earth」
(註2)「Google Street View」
(註3)「フォト蔵」
 http://photozou.jp/photo/show/2436427/219665369

 


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暮らし/日常-30 天国からのメール

2017/08/20 11:45
変人の暮らしと、少々毒のある雑観です.
□□□□□
2007年(平成19)、佐賀県唐津市の病院で、母が他界しました。
父の死後、母はウツ気味になって3年間、ほぼ寝たきり状態でした。
埼玉に住む私は、驚天動地のまま急いで帰郷し、妹夫婦の協力を得て、
形ばかりの葬儀を済ませました。

上弟Tsと下弟Tkは、カルト「エホバの証人」の信者ですから、葬儀に
関わることを忌み嫌います。
しかし、物欲は異常に強いですから、自分の相続分がどれほどなのか、
楽しみにしている様子でした。

ところが、母の預貯金は、治療費と葬儀費用に充てたので、ほとんど
残っていませんでした。
後で判ったことですが、上弟Tsは、エホバの活動に没頭するために、
働かずに母のお金を自分の生活費に使っていました。
残った遺産は、ほぼ、実家の傷んだ家屋と土地だけでした。

画像
両親の生前(17年前)に、
ASさんは唐津の実家に
来たことがあります.
この6人のうち、4人が
亡くなりました.

私は、葬儀を済ませて、仕事の都合で一旦埼玉に戻りました。
そして、私の数少ない友人の1人、新潟のASさんに、相続等について
電話とメールで何度も相談しました。
エホバ(の組織)を盲信する弟2人と、いがみ合わずに家屋土地を相続
するにはどうすればいいのか...しかし、いつも悲観的な結論でした。

弟2人は、平気でウソを言う、物欲の強いカルト信者です。
ウソは、信者ではない格下の人間への指導の一環だと思っているので、
彼らが私たちにウソを言うことに罪悪感はないのです。

信仰心はあっても宗教心のない私、両親といえど信者でない者の死を
悼む気のない、物欲の「エホバ」の弟2人、自分が損さえしなければ
良い妹...この兄弟4人の相続会議は、全員が納得できるように収まる
とは思えませんでした。

画像
(註)
羽田空港の第二ターミナル
のロビーです.
混雑した中でボンヤリして
いると、ケイタイにASさん
からメールが届きました.

一週間後、私は解決方向の見えない相続会議を持つために、重い重い
心を抱えて唐津に向かいました。
羽田空港に早めに着いて、ロビーの待合コーナーで、椅子に腰掛けて
様々に思案していると、ケイタイにASさんからメールが届きました。

「 誠一郎(私の名前)、思い切りやりなさい! 母より 」

気がついたら、私は泣いていました。
でも、恥ずかしいとは思いませんでした。

弟に母の介護を任せた後悔(母の預貯金を生活費に使うのが彼の目的で
した)、母を1人で逝かせた後悔、相続会議の不安...様々な思いが渾然
となってドッと流れ込んできたせいもあるかも知れません。

しかし、何より、ASさんの「天国からのメール」の優しさに胸が震え
ました。
母に成り済ました冗談メールではなく、真心こもった応援メールです。
きっと、天国にいる母も、そう言っていると思いました。

落ち着いて、「よし...」と一声出して立ち上がり、セキュリティゲート
に向かいました。

画像


新しいケイタイに転送した
ASさんのメールです.
私の大切な宝物です.

当時、私はケイタイのメールは、軽視していました。
パソコンのメールに比べて、情報量が非常に少なかったからです。

しかし、ASさんの「天国からのメール」は、自宅のパソコンよりも、
空港で見ることの方が、より深い印象がありました。
たった一言ですが、長文以上に、優しい思いが表現されていました。

大切な思いは、豊富な語彙力、巧みな文章力、これがあれば効果的に
伝えることができる...とは限らないことを、改めて教えられました。

あれから一年の後、ASさんは、うつ病が重くなって、ある切っ掛けで
亡くなりました。

彼の「天国からのメール」は、ケイタイの機種が変わっても、ずっと
残しています。
カルト信者の弟たちと対峙しなければならない時は、必ず「天国から
のメール」を見て、場に臨んでいます。

170820
□□□□□
下記の画像を加工しています.
(註)「テーマ「飛行機」のブログ記事」
 http://a-take-off.at.webry.info/theme/a0f403178e.html

 


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雑観/スポーツ-08 シンクロナイズド・スイミング

2017/08/10 10:45
変人の暮らしと、少々毒のある雑観です.
□□□□□
私は「カナヅチ」です...海の町で育ったのに、まったく泳げません。
ですから、海やプールで、綺麗なフォームで泳いでいる人を見ると、
本当に羨ましくて仕方がありません。

私は、競泳よりも、悠然としたスマートな泳ぎ方が好きです。
たとえば、本当は時速300kmを軽く出せる車が、80kmで走っている
ような、余裕のあるユッタリした泳ぎ方が好きなのです。

シンクロナイズド・スイミングは人気のある泳ぎ方です。
派手な水着の美女たちが、音楽に合わせて、水に潜ったり、水中から
飛び出たりして、正確に舞う編隊遊泳は美しいと、誰もが言います。
しかし私は、その泳ぎ方を見るのは好きではありません。

画像
(註1)
シンクロナイズド・
スイミングは、ライフ
セービングの泳法から
発展した、水中の創作
ダンス競技です.

シンクロナイズド・スイミングは、1891年(明治24)に、イギリスで
紹介された、ライフセービングに関する泳法に起源があるそうです。
「ornamental swimming (曲芸水泳)」の「tricks and stunts (美技と
離れ技)」という泳ぎ方が、シンクロナイズド・スイミングに発展して
いったのだそうです。

翌年、ヨークシャーで競技会が開催されましたが、音楽を使用せず、
男性のみで競技されたそうです。

当時は、女性が素肌を人に見せるのをタブーとする時代でした。
ですから、勇気ある女性が、ビキニ姿でシンクロナイズドのショーを
敢行したところ、彼女は「公然猥褻罪」で逮捕されました。
しかしやがて、女性の代表的な水泳スポーツに発展しました。

日本で最初のシンクロナイズド・スイミングは、1954年(昭和29)、
アメリカのチームによる神宮プールでの公開競技だそうです。

画像

(註2)
失神直前の極限状態で
演技しているのでこの
ような顔になるのかも
知れません.


シンクロナイズド・スイミングを見ていると、私は、そのコキコキと
した、ぎこちない泳ぎ方が妙に気になってしまいます。

非常に高度な遊泳技術をもって訓練してきた人たちですから、全員が
揃って滑らかに優雅に泳ぐことは可能なはずです。
なのに、何故ぎこちなく泳ぐのか...理解できていないのです。

水と一体になって、時に戯れながら、ユッタリ泳ぐ水着の美女たちを
見たいと、私はいつも思います。

選手たちのアクロバティックな泳ぎは、私には、「カナヅチ」が溺れ
ながら泳いでいるように見えます。
私には、昔、溺れかけた経験があるので、背筋がゾゾっとします。
選手が水面からバーッと飛び出した時の迫力ある表情は、溺れる者の
断末魔の顔に見えるのです。

シンクロナイズド・スイミングを見ていて、一瞬「溺れる」様を思う
のは、「救命行為」が起源であることを思い出すからでしょう。

画像


(註3)
カナヅチの老人が溺れて
いると、このようにして
救命してくれるだろうか、
と夢想してみます.
また楽しからずや...

シンクロナイズド・スイミングを、「救命行為」から切り離して観る
ためには、私のような「カナヅチ」老人がプールで溺れている時に、
あのような大勢の美女たちが、私を囲んで優しく救助してくれる...と
妄想すればいいのかも知れません。

ともあれ、どこかの勇気あるチームが、審査員の評価を度外視して、
コキコキしない悠然とした泳ぎ方のシンクロナイズド・スイミングを
披露してくれないでしょうか...。
その方が「溺れる」や「救命行為」を連想しなくて済みそうです。

170810
□□□□□
以下のサイトの画像を加工しています.
(註1)「wikipedia/シンクロナイズドスイミング」
 http://ja.wikipedia.org/wiki/シンクロナイズドスイミング
(註2)「gori.me」
 http://gori.me/humor/19380
(註3)「e-nikka.ca」
 http://www.e-nikka.ca/Contents/120802/othernews_01.php




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暮らし/雑草-15 路肩のガーデニング

2017/07/30 11:45
変人の暮らしと、少々毒のある雑観です.
□□□□□
毎年7月になると、市が放水路と路肩を清掃・除草します。
酷暑の中、委託された業者の清掃員たちが、黙々と草刈りします。
休憩時、草刈機のうなり声が止むと、清掃員の「アーくそ熱いー」の
溜息が聞こえてきます。

昨年までは、市の清掃の前月に、自治会の道路清掃がありました。
各家庭から人が出て、放水路の路肩を草ムシリするのです。

この機に乗じて、例の「オレガ夫婦」は私にイヤガラセをします。
子分のように臣服しない私への報復のつもりのようです。

私が観賞している雑草の小さな花を「根こそぎ、根こそぎ」と言い、
近隣の人たちに命じてムシリ取らせます。
数ミリの小さな花をやっと咲かせた雑草たちは、「根こそぎ」ムシリ
取られて、草の命を育む土は炎天下に晒されてしまいます。

しかし、今年(2017年)から、自治会の清掃活動は廃止になりました。
市が一月後に同じ作業をするので、無駄だからです。
イヤガラセを「皆んなでやった」ことにできた「カムフラージュ」を
失った「オレガ夫婦」は、非常に憤慨していました。

画像

拙宅前の水路清掃・除草の
様子です.
休憩する時の彼らの笑顔は
なかなか素敵です.

今年の清掃員も、手抜きせずに清掃・除草していました。
しかし、終わってみると、所々に花を咲かせた雑草が密やかに残って
いました。
花は故意に残したのか、偶然に残ったのか、分かりません。

以前、「オレガ夫」が清掃員に「ここに雑草を可愛がるバカがいる」
と、私のことを嘲笑して話しかけていたことがありました。
しかし、清掃員は「雑草にも命があるし、それを大切に思う人もいる
んですよ」と、「オレガ夫」を諌めるように返答していました。

その時の清掃員は、汚い仕事をしているのですが、内面は品性の高い
人だと思いました。
もしかしたら、彼と同じ思いを持つ清掃員が、こっそりと目立たない
所に雑草の花を残したのかも知れない、と想像しました。

画像画像
 市が清掃する前(左)と、清掃した後(右)の景観です.
 清掃後は、私には美観には見えず、殺風景に見えます.


自然も雑草も、「天」が造ったガーデニングの一部です。
汚い雑草であろうと、生命には敬意を払うべきだと思います。
ただし、自然と人間は共生していますから、衛生上、美観上、問題が
あれば、最小限度に整理しなければならない時はあると思います。

「雑草は汚い、生きている価値はない、抹殺しないと人間に有害だ」
という主張は、2016年7月の相模原の障害者施設で19人を刺殺した
加害者の犯行動機と同質だと思います。

「好きなものだけを生かして、気に入らないものは抹殺する」という
考え方は、人が自然と共生する意識とは乖離しています。

目立たない草花を雑草だと蔑視して、無意味な敵意を向けて、存在を
抹消する行為は、人として大切な何かを無駄に失っているような気が
してなりません。

画像画像
 私は、清掃後(右)よりも、清掃前(左)の路肩景観が好きです.


市の水路清掃担当部署にも、「雑草は全てを除去する」という方針を
考え直して、「自然との共生」の視点で清掃方針を検討されることを
期待しています。

雑草は、完全に除去しても、またすぐに生えてきます。
酷い仕打ちを恨むように、以前よりも醜悪な形で再現してきます。

雑草の存在に敬意を持ち、人と共生する意識を持ち、以前より素敵な
環境になるように整理すれば、雑草は人にとっても良好な形で生まれ
変わってくると思います。

そして、雑草が除去された後に残った土は、紫外線に晒されます。
すると、土中の微生物が死滅し、土は生命を育む力を失って、死んで
しまいます。

死んだ土の一部は粉になり、空中に舞い上がり、人が吸い込みます。
残った土も、土の上で生きる人間に良く影響するとは思えません。

土は、草花にカバーされていれば、土中の微生物は生命力を維持し、
活力のある「気」を周囲に放散し、人に良好な環境を造ります。

画像

完全に除草した後は、
雑草はすぐに生えて
きますが、無秩序な
形で現れます.

市の担当部署が「天が造ったガーデニング」を活かすように、水路を
清掃すれば、路肩に細長い庭園が続く景観ができると思います。
近所のお宅が置いた植木鉢の花と、「天」が植えた雑草とが共存して
花と緑が道端に続く住環境が形成されると思うのです。

草たちの一部が伸び過ぎれば、その時々に整理すれば「路肩庭園」は
季節に応じた景観になります。

画像
多くの人は路肩の雑草の
花は見向きもしませんが、
可憐だと思う人もいます.
こんな花を見て、ムシリ
取りたいと思う気持ちは
理解できません.

しかし、この種の意見は、まだ「変人の戯言」の域を出ません。
この意見に賛同する人は、特にこの地域では、ごく稀だと思います。

市の担当部署も、路肩に草花を残す清掃マニュアルを作成するのは、
大変に面倒だろうと思います。

予算や人手の不足などの理由をもって、「路肩ガーデニング」の企画
も予算も作成しないと思います。
「雑草は全て除去」が楽だし、「従来通り」が問題ないからです。

画像

乾燥した日が続く時は、
ソッと水をあげます.
その行為は、近隣では
蔑視の対象です.

草花に興味のないお宅の多い区域では、路肩は荒れたまま放置されて
います。
しかし、花好きなお宅は、放水路の路肩に、交通に支障のないように
植木鉢を並べて、思い思いにガーデニングしています。

市が「路肩庭園」を作る清掃・除草に、予算や人手不足の理由で企画
できないのであれば、花好きの住民から「路肩庭園」ボランティアを
募集することも一考の価値があると思います。

画像

こうして撮影していると、
背後のどこからか「また
アイツが...」と嘲笑する
ような笑い声がかすかに
聞こえてきます.

私の住む区域では、私だけが拙宅前の路肩に少し手を加えて、小さな
雑草の花が並ぶように、控えめに整理しています。

しかし「オレガ夫婦」は、雑草は全て除去し、土は曝け出すべきだと
思っていますから、私のような「雑草好き」も排除したいようです。
それで、私が道路を占有しているとデマを流し、自治会役員に拙宅の
前で嫌味を叫ばせたり、陰湿なイヤガラセを繰り返します。

もし、市が「路肩庭園」方針で清掃するようになれば、彼らの幼稚な
イヤガラセは、隠れ蓑を失って、少なくなると思います。
そうなれば、雑草も土も、私も、有り難いのです。

画像

雑草がやっとの思いで
咲かせた小さな花にも
宇宙が感じられます.

「人は、自然と共生し、自然に生かされている」という文句は、既に
奇異に受け取られる時代ではありません。
さらに、「自然との共生」方針で、住いの近辺を清掃しても、奇異に
思われないレベルに、社会が成熟することを期待しています。

そうなれば、「天」が植えた雑草を活かす「路肩をガーデニング」は
当たり前の住環境造りの行為になると思います。

170730
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