雑観/TV番組-19 ニュース番組を見てストレス

変人の暮らしと、少々毒のある雑観です.□□□□□最近、TVチャンネルを性急に切り替える、私の悪い癖が復活しました。女房は「歳とって、前より気が短くなったのね...」と嘆息します。 確かにその傾向はない訳ではありませんが、それは私の唯一の取柄の「上から圧力への反抗心」の類なのです。ですから嫌味の女房には「ナンバイヨットネ、バカチンガ(テヤンデー、ベラボーメ)」と威勢よく、但し内心で密かに抵抗しています。 私は、ほとんどの番組はボンヤリと見て流していますが、ニュース・報道番組は、セッカチにチャンネルを切り替えることが多いのです。それには、私なりの理由があるのです。 (左/註1) 解説者とMCの位置は適度だと思います.(右/註2) MCがもう少し左に寄ってくれたら、地域名が見えるのに...□□□□□ 私は、マスコミの報道は、全てが「玉」ではなく、「玉石混交」だと思っています。同じニュースでも、MCの表情や言い回しによって、事件の意味が微妙に違ってきます...それはそれでいいのかも知れませんが...。 ですから、ある特定の番組の解説を、100%鵜呑みにしないのです。その報道を信用しないのではなくて、複数の解説を参考にしながら、自分なりに考えて消化したいのです。 できるだけ早く、複数の報道を比較したいので、チャンネルを気早に替えているのです。それが、女房には、落ち着きがなく素直でない性格に見えるのです。  (註3)「手差し」と別の箇所を 読んでいたのに...身体で …

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暮らし/雑草-28 枯死の直前に急ぎ咲く花

変人の暮らしと、少々毒のある雑観です.□□□□□今年の春も、拙宅の塀際にタチアオイの花が咲きそうです。昨年までは、放水路のフェンス改修工事前なので、フェンス際の土にタチアオイが咲いていました。 私は、背高く成長したタチアオイが強風で倒れないように、拙宅前の花だけを、フェンスに紐で固定したり添木をして支えていました。他家の前のフェンスのタチアオイを添木すると、「勝手に他人の家の前の花を触りやがって...」と「オレガ」夫婦が騒ぐからです。  添木をしたタチアオイを見て 道往く人や子供、役所の人は 微笑んでくれていました. カメラを向ける人もいました. タチアオイもここでは雑草の一つです。雑草を嫌う「オレガ」夫婦と子分たちは、「アイツは雑草を可愛がるバカだ」「自分の所有物にしてる」「自分チの前だけ添木するケチだ」などなど、道行く人に私の悪口をしつこく言い聞かせていました。 それでも満足せず、拙宅前の紐で固定したタチアオイを切り倒したり、茎を傷つけて急速に枯れていく様子を私に見せ付けていました。 花を咲かせ終わって種を作って役目を終えるまで待って、整理すればいいのに...と、タチアオイを可哀想に思っていました。私の価値観は、そうした近隣住民の感覚と乖離していきました。  隣家の奥さんは、雑草は汚い から触れないし、見るのさえ 嫌そうな人です. 塀際の雑草は、しばらく放置 して後、薬剤をふれかけます. 昨年は、そのタチアオイが種を飛ばしたのか、拙宅の塀際にも咲いて、…

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雑観/世相-38 除菌する拭き方

雑観/世相-38 除菌する拭き方*****変人の暮らしと、少々毒のある雑観です.□□□□□コロナウイルス感染に関する緊急事態宣言が解除される頃、ニュースでは、店内を除菌して客を待つ店舗の様子が様々に放映されました。 家具などを、布巾やペーパータオルで拭いて、消毒しているのです。期待と不安と諦めの混じった複雑な表情で、除菌していました。その様子を見ていると、休業中は、オーナーもスタッフも、先行きを案じて辛い思いをしていただろうことが、よく伝わります。 (左/註1)(右/註2) 美女が拭くと、キレイに除菌できたように見えます.□□□□□ しかし、テーブルを布巾で拭く様子を見ていると、どうしても疑問に思うことがあるのです。普通の拭き掃除のように、布巾をジグザクに動かし、同じ所を何度も往復して拭いていることが、疑問なのです。 せっかく布巾で拭いてウイルスを除去したのに、そのウイルスの付着したタオルで別の部分を拭けば、そこにウイルスが再付着する可能性があると思うのです。 さらに、その様子を伝えるマスコミが、そこに疑問を呈することなく、感傷的な雰囲気のみを強調していることが、私には奇妙に思えます。 (左右/註3)「除菌対策車」のステッカーが貼ってあっても「拭き方」が 適切なのか不適切なのかは分かりません.□□□□□ ジグザク拭き・往復拭きは、ウイルスが再付着する...これは私の考え違いかも知れないですから、ネットで調べました。 や…

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雑観/世相-37 マスク、履いてますか..?

変人の暮らしと、少々毒のある雑観です.□□□□□新型コロナウイルス感染予防の一環として、マスクの着用が推奨されています。そのマスクは、量的不足の時期が過ぎると、今度は、豊富なデザイン、多彩な付帯効能をアピールして購買を誘う時期になりました。 マスクと言えば、私は白い「ガーゼマスク」が思い浮かぶのですが、女房が言うには、それは一昔前にいた古い人間なのだそうです。 現在は、顔をスッポリ覆う「プリーツタイプ」「立体構造タイプ」のお洒落な使い捨てマスクが主流のようです。それにアロマの香りがして、保湿効果に優れ、紫外線対策にもなる、便利な機能が付いているのだそうです。 もはや「マスク」と言うより、「美容と快適のグッズ」です。それでも、本来の目的の「予防」機能を備えていますから、「ダテ・マスク」も結構なようです。特に「マスク依存症」の方は、抵抗なく、他人の疑念に「予防です」と応えることができます。 (左/註1)「マリーン・セル」のマスクです. シャツと同じ素材です.(右/註2)「ユリコノマスク」はSNSで話題になっているそうです.□□□□□ TV番組でも街中でも、「マスク」から鼻を出して、口元だけを覆っている人を時々見かけます。「鼻出しマスク」は、本来の目的からすれば、言うまでもなく適切な装着ではありません。 しかし、通常の装着を続けていると、暑くて蒸れて息苦しいのです。大きな「マスク」を顔面に被せて、自転車で走れば、私などは5分も保ちません。 それでも、感染…

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暮らし/雑草-27 私だけに咲いた...と自惚れて

変人の暮らしと、少々毒のある雑観です.□□□□□3月中旬に、放水路の向こう岸の、拙宅の私のデスクの真正面だけに「水仙」が咲いていたことは、以前にブログしました。私に向けて咲いてくれたと、私は感激していたのです。 小さな土を見つけて咲いています.□□□□□ 今度は4月下旬、放水路のこちらの岸のフェンス際に、私のデスクの正面とは少しズレますが、「ナガミヒナゲシ」が一輪咲いていました。また、天が私にくれたプレゼントなのか...と勝手に喜んでいました。 市の放水路フェンスの改修工事の際に、フェンス際の土の部分は全てコンクリートに置き換えられたので、この辺りには、もう雑草の花は咲かないだろうと諦めていたのでした。 でも、4月末の風の強い日、その赤い花びらは散ってしまいました。「天が私に見せてくれる花は、儚い...」と、数日は、ロマンチックにカッコよく、沈んだ気持ちで過ごしておりました。 以前の花は強風に吹き飛ばされましたが、また咲いていました.□□□□□ しかし、それから数日後、ほぼ同じ場所にまた「ナガミヒナゲシ」が一輪咲いていました。そして周辺にも、ポツリポツリと咲いていました。散歩の人は、これから増えていくだろう、と言っていました。 ネットで検索すると、「ナガミヒナゲシは繁殖力が強く、危険な雑草だから、駆除すべきである」という意見が多数ありました。 中には、「ナガミヒナゲシはポピーの一種、危険植物だと誤解されているし、繁茂するけど数…

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雑観/世相-36 雨上がりの迷子のコイ

変人の暮らしと、少々毒のある雑観です.□□□□□拙宅前付近の放水路には、夜中の大雨の翌日は、数十匹の大量の鯉が流れ込んでいることが、ほとんど毎年あります。 明け方からバシャバシャと大きな音がするので、朝早くからパジャマ姿の近隣人が集まり、放水路のフェンスに手を掛けて見ています。「オレガ」女房の子分の奥さんは「鯉こく...鯉こく...」と呟きながら見つめています。 「どこから来たん?...捕まえようか」など叫び合うパーティが解散して静かになった頃、私も見にいきました。 例年同様、グレイの大きな鯉がひしめき合っています。水路の水嵩は、鯉がなんとか泳げる程度にはあるようです。これから戻るともなく、何処かに行くともなく、集団でウロウロして行ったり来たりしています。 フェンス改修工事前の放水路に流れ込んできた鯉たちです.□□□□□ 私がこの地域に越してきて、初めてこの状況を見た時は驚きました。しかし、この鯉たちが苦しんでいるように見えて可哀想でした。元の場所に戻すにはどうすればいいのか、近所の人に相談しました。 しかし、「鯉こく...」と呟く人はいても、興味はあっても、鯉たちを助けようという話には無関心でした。 今年は、私は、区役所に電話し、善処策を相談しました。区役所なら、鯉の養殖所または池や堀の所在を知っていて、連絡先を教えるか、職員が回収に来てくれるだろう、と期待していたのです。 電話で対応したのは、声の綺麗な、若い(?)女性でした。私は、美声の彼女が「まぁ…

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暮らし/雑草-26 共有地を自分の庭の如くに...

5月の初旬、外出自粛のためか、この地域も疲労感が色濃くなって、ヒステリー気味の老人が目立ってきました。 昼の閑静なひと時、突然「オレガ」の喚く声が響き渡りました。「アイツは...ミンナの土地を自分の庭にしとる...ダメだアイツは...」アイツとは、いつものように、私のことです。 「オレガ」夫婦とは、資源ゴミの持ち去り・留守の他家の庭への侵入・老婦人への恫喝・自然環境破壊に繋がる行為、これらを私が異見を立てたことを恨んで、ウソ話をでっち上げて嫌がらせする人たちです。事あるごとに「オレガ...オレガ...オレはみんなに感謝されとる...」と言うので、私が「オレガ」と渾名しているのです。 すると「オレガ」女房が応えて叫びます。「あそこはミンナの土地だから、草も花も毟り取っていいんだよっ」 「また発作かね...」と思いつつ、窓から「オレガ」の舞台を見ると、子分の「Iwa」夫婦と「Ich」女房が親分の演説に聞き入っていました。 「オレガ」夫婦が「アイツ(=私)」を非難する内容は、拙宅の公道際の細長い共有私道に咲く雑草花を、私が自宅の庭花として栽培していて、これがケシカランというのです。  タチアオイと豆科の雑草が 幅の狭い共有私道の塀際に へばり付いていました. この近隣には、12軒で共有する5箇所に分散した私道があります。袋小路の奥に住む「オレガ」や「Iwa」は、最も広い幅4mの部分を車路としてほぼ独占的に利用しています。 拙宅の公道際のブロック塀際にも、幅45cmの狭くて細い…

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雑観/美術-17 モディリアーニ の「顔の長い女性」

変人の暮らしと、少々毒のある雑観です.□□□□□私は昔からモディリアーニの描く「顔の長い女性」が好きでした。裏側に抗いようのない「悲しみ」のような想いを自分なりに感じて、何となく惹かれていました。 その感覚は、日常の喧騒の中に忘れていましたが、ある時、フとした拍子に、名古屋市立美術館に「おさげ髪の少女」が常設展示してあることを思い出しました。 無性に見たくなって、新幹線で名古屋に行き美術館に向かいました。展示室に入ってすぐの左側の壁に、あの「おさげ髪の少女」の一枚がありました。  (註01)「おさげ髪の少女」 /Modigliani/1918 /名古屋市美術館 1985年に3億6千万円で落札 周囲に人がいないので、絵の前にずっと立っていました。見入っていると、この少女の「過去・現在・未来」が勝手に想像されてきて、何故かドーッと涙が溢れてきました。 誰もいないので恥ずかしくはありませんでしたが、他の絵は見ずに、早足で真っすぐ出口に向かいました。そして、そのまま美術館を出て、新幹線で帰りました。 (左/註02) モディリアーニ(32歳)とピカソ(35歳)/1916/パリ(右/註03) ジャンヌ・エビュテルヌ□□□□□ モディリアーニ(1884-1920)は、ユダヤ系イタリア人です。22歳の時にパリに移り住み、身体的理由により彫刻を諦めて、画家として活動します。32歳の時(死の3年前)は、画学生のジャンヌ・エビュテ…

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暮らし/雑草-25 水仙や 寒き辺りの ここだけに

変人の暮らしと、少々毒のある雑観です.□□□□□3月中旬、放水路の向う岸に、水仙がひっそり咲いていました。拙宅の私のデスクの真正面です。 水仙の花に気が付いて、外に出て辺りを見渡しましたが、水仙は他のどこにも咲いていません。例年は数カ所で花を咲かせますが、今年は拙宅の正面だけでした。 そして面白いことに、近所の誰も、女房も、その水仙の花に気付いていないようでした。水路の岸の雑草の中に咲いているので、気付きにくいのでしょうか...雑草だから、見る価値はないと無視しているのでしょうか... 私は、気分が落ち込んでいた時ですから、その密やかな、春の訪れの知らせに、気分は静かに明るくなりました。もしかしたら、天が私にくれた細やかなプレゼントなのかも...という気がして、天の粋な計らいに嬉しくなりました。 「水仙や 寒き都の ここかしこ」 与謝蕪村これをアレンジして... 「水仙や 寒き辺りの ここだけに」 25-1a/1b この花が、人に気付かれないとは不思議です.綺麗な場所ではないので、無意識のうちに、気付いていないフリをしているのかも知れません.□□□□□ 水仙の花言葉は「自己愛」「うぬぼれ」などと言われています。その由来は、ギリシャ神話のナルキッソスの物語にあります。有名な話ですので、ここで繰り返すまでもありませんが、要約を... 森の精霊のエコーは、美少年のナルキッソスに一目惚れし、恋に落ちましたが、モテモテのナルキッソスはエコーを相手にしません。エコーは痩…

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建築再読-J.17 根津神社-2

建築再読-J.17 根津神社-2怨念の梗塞~愛念の広がり定説を外れた異端の視点で自由に想像して建築を読み返しています. 前稿「J.17 根津神社-1/梗塞すべき怨念」の続編です.https://itan-no-saidoku.at.webry.info/202005/article_2.html□□□□□□□根津神社 /企画:徳川綱吉、設計・監修:不明 /東京都文京区根津/1706年(江戸時代前期)□□□□□□□ (左/註09) 明治時代の楼門. 境内の様子が現在とかなり違っています.(右) 楼門の東側は街の広場のような空間です. この空間があるので、 本来は厳しい印象のあるこの神社に、親しみやすさが感じられます.□□□□□□□ このように古代史を概観すると、3世紀末(古墳時代)に「日本武」が「千駄木」の団子坂の坂上の南側に「素戔嗚」を創祀したという伝承の意味が見えてくるような気がします。 「素戔嗚、大国主(=素戔嗚の後継者)、大物主(=素戔嗚の孫)」は朝廷に酷い仕打ちをされたために、大怨霊となりました。朝廷は、その祟りを非常に畏怖していたのです。 また、「素戔嗚」と「日本武」の伝説には深い関係性があります。・双方共に、乱暴者だから肉親に疎まれ、故郷を追い出されました。(素戔嗚の肉親は姉の天照大神、日本武の肉親は父の景行天皇、と創作) 両者共に朝廷に都合の悪い存在ですから、乱暴者だと印象操作して、 貶めておく必要がありました。 ・「日本武」の「草薙剣」は、元々「…

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建築再読-J.17 根津神社-1

建築再読-J.17 根津神社-1梗塞すべき怨念定説を外れた異端の視点で自由に想像して建築を読み返しています.□□□□□□□根津神社 /企画:徳川綱吉、設計・監修:不明 /東京都文京区根津/1706年(江戸時代前期)□□□□□□□  (註01) 昔は根津付近まで 東京湾の入江でした. その入江の最も奥だから 「根津」の地名になった のだそうです. 「根津神社」は、東京都文京区根津にあります。東京大学の赤門から直線で約1Km、真北の位置です。皇居(江戸城)のほぼ真北の方向でもあります。 東京メトロ千代田線「根津」駅か「千駄木」駅から歩くと、10分弱の距離にあります。 厄除け・縁結びのご利益を求めて、いつも人が訪れています。そして、近隣の人たちが散歩に立ち寄る、憩いの広場でもあります。  (註01) 1680年(延宝8)の 文京区の近辺です. 不寝権現のある元根津も、 後に遷座する根津権現の 辺りも、人家の少ない地 域のように見えます. 「根津神社」は、かつては「千駄木」にあって、呼称は「不寝権現」でした。以下に「不寝権現(根津神社)」の「千駄木」時代を概観します。 ■3世紀末(古墳時代)「日本武」が「千駄木」の団子坂の上の南側に「素戔嗚」を創祀して「社」(根津神社の原初)を建立しました.■15世紀後半(室町時代)太田道灌が、荒れていたらしい「素戔嗚の社」に社殿を奉納しました. ■17世紀前半(江戸時代前期)家光が「素戔嗚の社」の社地を、太田資宗(道灌の子孫)に下屋敷地と…

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雑観/世相-35 他家のお墓を荷物置場に

変人の暮らしと、少々毒のある雑観です.□□□□□十数年前、私は、実家のあった佐賀県唐津市から埼玉の霊園にお墓を移転しました。事情があって、女房も兄弟も手伝ってくれないので、本当にシンドイ辛い思いをしました。 墓を移転した霊園は、自宅から自転車で20分程度の処にあります。それから10年間は、少なくとも月に2回、お墓参りしていました。その後は、弱った体力と相談して、年に4,5回ほど通っています。 霊園の近くにペット霊園があって、11年間一緒にいたネコの墓参りも同じ日に続けていました。 (左/註1) 東向きの墓石は高価です. しかし、この霊園の東方向は、 実は当霊園が凶だという北東(鬼門)です...どうなっているのか...(右/註2) お墓を持つ人が少なくなった社会ですから、この霊園も 空地が目立っています.□□□□□ 墓石は、軽く濡らしたタオルで拭き、花を買わない時は、霊園の中の花を摘んでたむけていました。管理人の女性が、霊園の隅に花畑を作っていて、自由に摘んで良いと言ってくれるので、花代が助かっていました。 たまに、墓石の汚れが妙に酷いことがありました。管理人さんに訊くと「鳥では...?」と応えますが、どうも鳥の仕業ではなさそうです。 あるお盆の時、お墓参りに行くと、私の墓石の上に大きな鞄や荷物が載せてありました。泥汚れが付いたまま、放り投げたように無造作に置いてあったので、さすがの女房も驚いていました。 先に来て墓石に水を掛けていた、斜め向かいの先客の荷物でし…

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暮らし/日常-53 市と業者に嫌われた地域

変人の暮らしと、少々毒のある雑観です.□□□□□2019年の8月下旬、拙宅前の道路脇の水路のフェンスが、1週間の改修工事により、新しくなりました。工事主体は「さいたま市建設局河川整備課」、施工業者は「Y興業」、工事期間は10日間の予定でした。 工事は、途中で「オレガ」が施工業者に苦情を入れたために1日中断しましたが、7日で終了しました。「オレガ」の苦情は理解不能だったようで、以降は市も業者も相手にしなくなりました。そして再開された工事は妙に慌ただしくなり、雑っぽくなりました。 53-1a/1b (左) 配布された工事予告.(右/註) 施工業者が交代したことに気づいた人はいませんでした.□□□□□ 「オレガ」とは、拙宅脇の小路の奥に住む「地域の親分」を自認する夫婦の、私と同世代の亭主です。私だけが子分にならないので、大小様々な陰湿なイヤガラセをしたり、嘘の噂をデッチあげて、子分どもに私への中傷を繰り返させます。 少し草毟りした程度のことでも「オレガ...オレガ...いい事をした」と誰かれなく夫婦で吹聴し「ありがとうございます」の言葉をおねだりするので、「オレガ」/「オレガ女房」と渾名しているのです。 53-2a/2b (左) その日の工事が終わる度に、住民は進捗状況を見て廻ります.(右) 昨年の前期工事の際のクレームです. 「オレガ」は業者の誰にも 相手にされないので、交通整理人に何かの苦情を叫んでいます.□□□□□ ともあれ、水路…

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雑観/世相-34 隈取は仄かな灯で

変人の暮らしと、少々毒のある雑観です.□□□□□昨年(2019年)の春頃だったかと思いますが...TVで、ニューヨークのマンハッタンで歌舞伎獅子が舞うCMが放映され出しました。十代目松本幸四郎が「毛振り」などの獅子の舞を見せる、三井不動産のCMです。 私の女房がパート勤務している医院の女性スタッフは、全員が歌舞伎ファンですから、休憩時はその話で盛り上がっていたそうです。女房も、獅子のCMが始まると「やっぱり染五郎(現在の松本幸四郎)は華があるわ~」とウットリして見ていました。 (左/註1) 獅子の首振りは「邪気を払う仕草」です.(右/註2) 市川團十郎(初代)の錦絵. 幼名は海老蔵です.□□□□□ ヤッカミではありませんが、私は、歌舞伎役者の「隈取」は、陽光や人工照明で見るべきではないように思っています。「隈取」とは、歌舞伎の荒事の役者が化粧する色模様をいいます。その「隈取」は、仄かな灯の下で観る化粧だと自論しているのです。 「隈取」は、初代市川團十郎(1660-1704)が、人形浄瑠璃の人形から着想して創作した化粧法だと言われています。 歌舞伎が「演劇」らしくなってきた元禄時代(17c後期)、薄暗い芝居小屋の中では、舞台に立つ役者の顔が見えないので、舞台先に多くのローソクを立てていました。 それでも後方の観客には見えにくいので、役者の表情が分かりやすいように、顔を目立たせるために白塗りにして、筋肉を強調した化粧を考案したのだそうです。 それが…

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建築再読-F.17-2 パルテノン神殿-2

□□□□□□□<big>建築再読-F.17-2 パルテノン神殿-2</big><big>「平和の象徴の神殿への昇華」</big>定説を外れた異端の視点で自由に想像して読み返しています. 前稿「女神像と金塊を収蔵する宝物庫」の続編です.https://itan-no-saidoku.at.webry.info/202003/article_3.html□□□□□□□パルテノン神殿 (Parthenon) /Pheidias(フェイディアス/BC.480-BC.430) /BC.447-BC.438(建築のみ)-BC.432(全体竣工) /Athens□□□□□□□  (註18) 1906年のイラスト. パルテノン神殿の屋根には トップライトがあります. 「アテナ女神像」は、二つの「パワー源」を、一つのオブジェに集約した彫像です。「アテネの守護神」と「デロス同盟=アテネ帝国の軍資金」です。 「パルテノン神殿」は、その「アテナ女神像、即ち金塊」を収蔵する「宝物庫」なのです。 一般市民は内部に入ることはできませんから、外観を見て「女神像=金塊」の存在を意識します。ですから、内部の装飾よりも、外観のデザインが重要になります。「アテネの栄華」と「帝国の強さ」の象徴に相応しい「神殿=宝物庫」の外観にしなければならないのです。 そこで、「帝国の強さ」は、男性的で剛健な「ドーリック・オーダー」の円柱形式に象徴します。 「アテネの栄華」は、その…

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建築再読-F.17-1 パルテノン神殿-1

□□□□□□□<big>建築再読-F.17-1 パルテノン神殿-1</big><big>「女神像と金塊を収蔵する宝物庫」</big>定説を外れた異端の視点で自由に想像して読み返しています.□□□□□□□パルテノン神殿 (Parthenon) /Pheidias(フェイディアス/BC.480-BC.430) /BC.447-BC.438(建築のみ)-BC.432(全体竣工) /Athens□□□□□□□ (註01) BC.10c-BC.5cの ギリシャとエーゲ海. ペロポネソス半島の先住民の 一部は、遅れて南下してきた ドーリア人に圧迫され、小アジア西岸に移動しました. 古代ギリシャ時代は、広義では、BC.68世紀(新石器時代)からAD.2世紀までの、約7千年の期間です。狭義では、BC.8世紀からAD.2世紀までの、約千年間です。 以下に「パルテノン神殿」に関わる古代ギリシャ時代を概括します。 ■BC.20世紀...アカイア人がギリシア中部からバルカン半島を南下し、 ペロポネソス半島に定住しました。■BC.16世紀...ペロポネソス半島は森林環境の豊かな地域でした。■BC.13世紀...自然豊かな土地でしたから、人口が増加しました。 人口増加は必然的に農地拡大を招くので、森林破壊が進んで、自然 環境は次第に衰退しました。■BC.12世紀...鉄器を使うドーリア人が南下し、集住しました。 (左/註02) ペロポネソス半島.…

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暮らし/日常-52 初めての露天風呂

変人の暮らしと、少々毒のある雑観です.□□□□□私は露天風呂の経験がありません。そも、温泉も銭湯の経験もないのです。どうしても、人前で裸体になることができないのです。しかし、私は銭湯嫌いを克服しようとは思っていません。 1月中旬、福島県猪苗代町の女房の生家に用があって、女房が二人でいく予定を立てていました。 その頃は何となく憂鬱な気分だった女房は、気晴らしに温泉に入って美味しい食事をしたい...というわけです。彼女は、猪苗代への途中で温泉旅館に一泊する計画を立てました。 「びゅうプラザ大宮駅」で、露天風呂のあるホテルを予約しました。露天風呂は、私へのプレゼントのつもりなんでしょう。「一生に一度は浸かってみるのもいいよ」と言います。    (左/註) 団体客がいないと、寂れた温泉街のような雰囲気です.   (コロナウィルスが流行する以前の時期です)(右) 左側がエントランス、二階部分は結婚式場です.□□□□□ 予約したホテルは、磐梯熱海の「四季彩一力」です。大宮駅からだと、新幹線で郡山駅、磐越西線に乗り換えて磐梯熱海駅まで、1時間半ほどです。宿泊費と往復交通費、全部で「7万円弱/二人」でした。 「四季彩一力」は、私は少々鄙びた温泉旅館を想像していましたが、全く違っていて、観光地の大きなホテルの装いでした。大正7年の創業当時は木造旅館でしたが、ホテルに改装してからは、昭和天皇皇后が二度も宿泊した、というのが自慢のようです。 宿泊室数は49室だそうです。私たちの部屋は…

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雑観/美術-16 ボッティチェリの「受胎告知」

変人の暮らしと、少々毒のある雑観です.□□□□□レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452-1519)は、画家として、7歳年上のサンドロ・ボッティチェリ(1445-1510)に、かなり強いライバル心を抱いていたそうです。 初期ルネサンス時代の当時は、ボッティチェリの方が、遙かに名声が高かったようです。 二人は、同じ工房で働く先輩と後輩であり、居酒屋の共同経営者でもありました。そうすると仲が良いようですが、性格は正反対でした。 レオナルドは、内向的で孤独感の強く、絵画の作風も地味でした。対して、ボッティチェリは、明るくてスター性があり、ロレンツォ・メディチの信頼が篤く、華やかな作風の絵画は人気がありました。  (註01) 演劇の緊迫した場面を 見るような、緊張感が あります. レオナルドは、あの有名な「受胎告知」を残しています。ボッティチェリも、これに15年ほど遅れて「受胎告知」(1489年)を制作しています。 性格も作風も対照的な二人ですから、同じテーマであっても、当然、表現に違いがあります。 ボッティチェリの「受胎告知」の表現は、動的で緊張感があります。・天使の透明のベールをなびかせた、降り立った瞬間の動的表現.・マリアの、両手を広げて驚き、身体をひねって全力で拒否する動作.・画面中央で天使とマリアの腕を斜めに繋げた構図の動感.・天使とマリアの指が触れそうな、緊張感ある描写.  (註01) 天使は、逃げ腰の マリアを懸命に説得してい るように見えます. 正…

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暮らし/健康-14 架工義歯が外れた言い訳

変人の暮らしと、少々毒のある雑観です.□□□□□「健康」の範疇から外れるかも知れないブログですが...。 私は猫も好きだし、犬も好きです。ですから、ペットでも野良でも道を歩いていたら、声をかけます。腰を屈めて「元気...?」と言うと、大抵はこちらに寄ってきます。 昨年末の暖かい日の夕方、拙宅の道路塀の草花を手入れしていた時、ゴールデンレトリバーでしょうか...大きな薄茶の犬を連れて散歩する女性が通りかかりました。 私は、いつものように腰を屈めて「元気...?」と声をかけました。するとその大きな犬は、リードを手に絡めていた女性を引き摺り倒すようにして、私の方に走り寄ってきました。 大きな犬は、私を気に入ってくれたようです。中腰の私の肩に両手を置いて、長い舌をベロンベロンして、顔を舐め回し、私の手や腕を甘噛みして戯れます。 女性は「○○ちゃん...ダメよ...オスワリッ!」と叫び、リードを引きますが、とても女性の力では及びません。  (註1) 私が庭にいない時は、犬は 女性を引き摺るようにして 拙宅の周りを廻って、私を 探すのだそうです. すると犬は、今度は私を倒し、馬乗りになって、顔を舐め回します。女性の「オスワリッ」の声に反応したのでしょうか...しかし仰向けに倒れた私の上に「オスワリ」の格好になったのでした。 顔を舐められるのは、親愛の表現なので我慢できます。しかし、顔の上に降りかかってくる大量のヨダレに閉口しました。 彼の激しい抱擁が一段落し、女性はお詫びを言い、私はお礼…

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雑観/世相-33 鼻のない顔のイラスト

変人の暮らしと、少々毒のある雑観です.□□□□□PCやTVの画像に、以前から気になっていたことがあります。マンガ系の少女のイラストに、顔に「鼻」がないのです。描いてあっても「点」、または非常に薄い「陰」なのです。 身体や服装はリアルに描いているので、「鼻のない顔」はバランスが崩れて見えます。顔を手で隠して自分なりに「想像した顔」と比較すると、「鼻のない顔」には、どうしても違和感があるのです。 (左/註1)(右/註2) 老婆には「鼻のない顔」は描かないようです.□□□□□ 「マンガだからイイじゃないか...メクジラたてる方がおかしいよ」と女房は私をなだめます。 「これはね、鼻の先端だけが描いてあるんよ、アンタには鼻の全体が見えていない、というか...イメージできていないんだよね」 (註3) イメージだけでなく、物語性まで違ってくるような気がします.□□□□□ 「鼻の形でイメージが変わる」ことを説明したサイトがありました。そこに図示された幾つかの顔の表情を見比べると、たしかに、印象が異なります。 「鼻」は顔の中心にある突起物ですから、表情に影響します。ですから「鼻」を描かないと、顔の表情が曖昧になるのです。 それは、ストーリーをも曖昧にしかねない、ような気がします。作文でいえば、要点が曖昧で、メリハリのない美辞麗句を羅列すると、ストーリーが混乱して真意が不明瞭になりかねない、と思うのです。 …

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